2013年05月29日

東高野街道その2・東寝屋川駅→服部川

京都から続く高野山への道の2回目。

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

ポカポカの陽気。
冬場でも風がないととても心地よいものです。
今回はミラーレス一眼”EOSM”初使用の日でした。

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いつもはコンデジ持って歩いてるのですが
画質的にイマイチなところがありました。

そこでミラーレスを購入したのですが
少々重くてかさばりますが撮り心地は抜群!!
ちまたではAFが遅くて早い被写体は難しい話もあるのですが
スローな街道歩きに関しては全然問題ないですねー♪

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さて、
今回の東高野街道の区間は大阪東部をを進んでいきます。

古代の大阪平野は沼地が多かったので
標高が高い所を通るこの道は唯一といっていい南北の道。

その分、歴史が古く
沿道には古墳、寺社が多くみることができます。

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その1つに四条畷神社。

なにわ七幸のひとつで
そうそうたる神社が名を連ねます。

(なにわ七幸とは・wikiより)
大阪天満宮 : 北区天神橋に所在。学業成就にご利益があるとされる。
住吉大社 : 住吉区住吉に所在。厄除にご利益があるとされる。
四條畷神社 : 四条畷市南野に所在。心願成就にご利益があるとされる。
大念佛寺 : 平野区平野上町に所在。諸芸上達にご利益があるとされる。
太融寺 : 帰宅太融寺町に所在。無病息災にご利益があるとされる。
今宮戎神社 : 浪速区恵比須西に所在。商売繁盛にご利益があるとされる。
四天王寺 : 天王寺区四天王寺に所在。家内安全にご利益があるとされる。


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四条畷神社の他にも
厄除けの野崎観音や枚岡神社、石切さんなど
街道から山へ向かって参道が延びてるんですよね。

どれも大阪東部で有名な寺社群。
いかにこの街道が重要だったかわかります。

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旧国道170号を歩いていきます。

結構交通量はあるのに歩道がない。
こういうのはちょっと辛いですねー。

かといって、道幅が拡幅され
昔の面影をなくしてしまうのも寂しいもので
ここは注意して進むしかありません。

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石切神社の付近では
参拝客が多い旧道になってきます。

参道入口には立派なイチョウが二本。
西日を浴びて黄金に輝いていました。

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瓢箪山付近は
国道にも関らず昼間は歩行者限定。

全国的にも珍しいかもしれませんね。
賑わいある商店街が印象的でした。

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その瓢箪山ですが
いわれは古墳の形からきているそうです。

瓢箪山の名物といえば
瓢箪山稲荷神社の”辻占い”

古くから有名だったらしく
今日の瓢箪山の賑わいはここからきているそうです。

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八尾市に入ると
田園風景が多くなってきます。

いつも見慣れた山容に
どこか安心感を覚えました。

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次回は河内長野へ歩みを進めます。


  
posted by にゃおすけ at 14:29 | 大阪 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 高野山への街道 | 更新情報をチェックする

2013年05月23日

古き良き日本が残る大正区の渡し船めぐり。

大阪市の大正区
地図で見ると川と海に囲まれているのがわかります。

水路には大型船が数多く航行しているので
そこに架かる橋は巨大なものが多いのも特徴ですね。
千本松大橋新木津川大橋千歳橋なみはや大橋

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そういう条件的なことがあり
今も区内には7つの渡し船が現役です。

市が運営しているので無料。
しかも時間帯によっては10分間隔の高頻度。

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今回、船の本数が多い夕方の時間帯に
一気に巡れないものかとランを交えて楽しんできました。

まずは落合下の渡し。

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大正区の渡船はこのような小型船が一般的です。

出航時間直前になるとアラームが鳴ります。
すると係員が詰め所から出てきて乗船を開始。

これがどの渡船場も共通するだいたいの流れです。

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続いて落合上の渡し。

こちらは大正駅に比較的近い場所に位置しています。
木津川の工業地帯にある渡しといった雰囲気。
なので客層はこの時間だと通勤客が主体のようで
工場帰りの人が多く乗っていました。

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高校も近くにあるので下校時だと
ガラッと雰囲気が変わりそうですよね。

驚いたのは
みなさん乗下船時に係員と挨拶を交わしているところ。
こういうのっていいですね。古き良き日本って感じで。

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3本目は千歳の渡し。

直上には大きな千歳橋が架かりますが
あまりにも巨大すぎるので登って渡るのは一苦労。
渡し船は今も住民の足で活躍しています。

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もともと、この付近は小さい橋が架かっていました。
市電も走り楽に対岸へ行けていたのですが
戦後の大正内港の整備で港が広くなり
渡船が出来た経緯があります。

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巨大橋と渡し船。

こう見ていると
船ってカワイイ乗り物ですよね。

時間も18時を過ぎてきました。
この時間になると渡船によっては一気に本数が減ります。

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各渡船場には時刻表というものが存在します。

市のホームページでも公開されてるのですが
片側の乗り場の分しか公開されてないんですよね。

なので、目安としては
載ってないもう片方の乗り場発の時刻は
プラス5分を加えてやるとちょうどいい感じになります。

今回の千歳の渡しだと

18:00(北恩加島発)→18:03(鶴町着)
18:05(鶴町発)→18:08(北恩加島着)


こんな感じです。

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続いては船町の渡し。

鶴町と船町を結んでいます。
幅30mほどの運河を横切るだけですが
大型船を通す必要から橋は架けれないのでしょう。

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近年、この辺りの工業地帯は斜陽気味なので
この渡船の乗船人員は少なくなっているのかもしれません。
乗船場はどこか寂しげな雰囲気が漂っていて
客は僕1人でした。

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次は木津川の渡し。

横には新木津川大橋という巨大な橋が並んでいます。
どちらも住之江区へ向かう重要なルートです。

出発地である場所は
かつて木津川飛行場がありました。
目の前にある川が滑走路の1つであったわけです。

もう戦前になる話ですが
今も格納庫が残っていたりいろいろ想像すると楽しいですね。

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この木津川の渡しはピーク時は多いのですが
ピークを外すと30分〜1時間の間隔が開いてしまいます。

地元の人は時刻を把握しているので
出航間際にぞろぞろ集まってくる形です。
これは他の渡船でも似た感じかもしれませんが
ここ木津川の渡しに関しては注意が必要でしょうねぇ。

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木津川の渡しは
他の渡船と比べて若干大型です。

扉は自動で開き片側に2箇所も存在。
景色もかなりダイナミックで距離も長いし、
乗り応えはかなりありました。

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最後は千本松の渡し。

木津川の河口付近には
かつて松原があったそうですね。

ここに架かる橋は両側が螺旋状になってるので
通称”めがね橋”と呼ばれています。

対して先ほどの新木津川大橋は
片側のみ螺旋状なので”片めがね”

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ちなみに
これらの橋の上からは大阪の大展望が楽しめます。

西は淡路島、明石大橋、
東は生駒山地や通天閣、梅田の高層ビルなどなど。

登って渡るとなると大変ですが
その分、価値ある眺めが広がっています。

以上、6つの渡し船めぐり。いかがでしたでしょうか?

あれ、7つじゃなかったの?
そうです。甚兵衛渡船場が抜けていました。
ここまで来てうっかり忘れてしまって(^^;

これはまた後日に乗りにいきたいと思います。

今回のランデータ(ルートマップ)はこちら ↓
http://t.co/t4n4RKKyl6


 


    
posted by にゃおすけ at 14:25 | 大阪 | Comment(2) | TrackBack(0) | 近畿ボラボラ | 更新情報をチェックする

2013年05月17日

甲州街道四十四次その11・布田五宿→日本橋

ラストの甲州道中!
今回は国領宿をスタートします。

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

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街道には立派な並木道。
国道20号沿いは暑い時期も涼しそうです。

木陰は体を癒してくれますね。

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すっかり現代の町並みになった甲州街道ですが
古い街道らしく上のような石仏も多くみかけます。

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烏山付近に残る”中宿”や”下宿”の文字。
かつてここは間の宿としての役割があったそうです。

地名に残る街道の面影ですね。

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やがて街道の上に首都高が重なります。
下高井戸宿に差し掛かりました。

工事現場の壁には
ここが宿場であった頃の絵が書かれていました。

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高井戸の数あるいわれの一つは
写真のお寺「宗源寺」が高い場所にあったからだとか。

今は移転して街道沿いに面してるのですが
昔は高台にあって村のシンボル的存在だったそうです。

”たかいところ”→”たかいど” そんな感じだったんですね。

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新宿の高層ビルが見えてきました。

都庁近くになり
”日本橋まで10km”の看板。

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ルートを地図で確認しながら歩いてるものの
こういう看板はありがたいもので距離の目安になります。

いわば現代版の一里塚。非常に助かります。
それにしても日本橋の文字を見るとテンションがあがります。

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この辺りの街道は道幅が広い国道のおかげで
思いっきり吸収されて面影がほとんど残っていません。

そんな中、街道の脇に大きなイチョウの大木。

いいですよねー。

この辺りにはこういう大木が何本もあったそうです。
戦争で焼けて今はこれ一本のみに。
まさに歴史の生き証人ですね。

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新宿駅の横を進みます。
もしかしたら五街道の中でも一番賑やかなところかも。

人でごったがえし進むのも一苦労。

新宿は宿という名前が付くとおり
かつては”内藤新宿”という宿場町でした。

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青梅街道との追分地点のモニュメント

中心部まであと少しなので泊まる宿としての機能より
お化粧直しや休憩の需要のほうがあったそうです。

ちなみに今の新宿御苑が内藤さんのお家。
この辺り凄い広い土地をお持ちだったようですね。

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GWのこの日の内藤新宿は
歩行者天国になっていましたー。

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さすがはGW。
車の量が少なく道路が広く見えます。

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四谷の辺りは直角に曲がっていますが
これはかつて門があった証し。

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皇居(江戸城)が見えてきました。
大名は半蔵門から出発していたようです。

街道は皇居の周りを半周して東京駅方面へ。

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この日もランナーが多く走っていました。

それにしてもこの辺りは日本の中枢部分。
景色が実にダイナミックに見えます。

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バスなどでここは通ったことはあるのですが
やっぱ歩いてみるとスケール感が違いますね。

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東京駅構内の自由通路を通り八重洲側へ。

そして日本橋。

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五街道の一つ。甲州街道踏破です!
やったー!

最後に苦労した点を書いておきます。

山の中の区間のかつての道筋が
東海道と中山道に比べて調査が少ないこと。
出来るだけ昔の道筋を歩きたいので資料集めが大変でした。

でも、それは充実した時間でした。

次は日光への道を目指します、
まずは日光例幣使街道から。


  
posted by にゃおすけ at 08:44 | 大阪 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | 甲州道中四十四次 | 更新情報をチェックする