2014年07月29日

西国三十三箇所めぐり。紀三井寺と粉河寺。

2回目となる今回は和歌山市周辺のお寺です。

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[ここに地図が表示されます]


ここは”日本さくら名所100選”とあるだけあって
桜を見にたくさんの人が訪れていました。

ややピークは過ぎた感はあったのですが
それでも素晴らしい枝っぷりです。

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三井寺というと滋賀県にもあるのですが
名前が似てるだけでどうも関係はないようです。

寺号が”紀三井山金剛宝寺護国院”とついてるので
古くから「紀三井寺」だったそうです。

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wikiによると三井のいわれは

”「清浄水」「楊柳水」「吉祥水」の3つの湧き水である。
紀三井寺の三井水として名水百選に定められている。
清浄水は参道石段の途中右側にある小滝である。
楊柳水はそこから小道を入った突き当たりにある井戸。
吉祥水は境内からいったん楼門を出て右(北)へ
数百メートル行ったところにある井戸である。”

このように三つの井戸から来てるそうです。
清浄水は階段の横なので見つけることが容易ですが
他の2つはちょっと見逃してしまいました。

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さて、お参りです。

前回はお経をあげるのに必死だったわけですが
その教訓を生かし半分暗記してきました。

順番は
納札→お経→ご朱印をいただく

しかしまぁ、まだまだぎこちないですね。
いつになったらスムーズになるでしょうか(^^;

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伽藍は山の中腹にあります。

たどり着くまで急な階段を上ることになりますが
その分、眺めは格別なもので海を一望することができました。

さて、続いては3番札所の粉河寺です。

[ここに地図が表示されます]


紀三井寺から比較的近くにあるので
同じ日に回る人が多いのではと思います。

和泉山脈の和歌山県側の麓にあるお寺です。

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ここは庭園が特に有名ですね。

石柱を並べたような感じで一風変わっています。
豪壮な石組みに植栽を合わせた座視式の枯山水蓬莱庭園。

桃山時代のもので国指定名所なのだそうです。

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境内は広く、大きな木が植わっています。
門も大門、中門とも立派なもので風格がありました。

ちなみに大門は三間楼門になっていて
規模は和歌山県では高野山、根来寺に次ぐ大きさなのだそうです。

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次は4番札所の槇尾山施福寺に向かいます。



 
posted by にゃおすけ at 20:11 | 大阪 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 西国三十三箇所巡礼 | 更新情報をチェックする

2014年07月24日

日光街道二十一次その3・幸手宿→小山宿

幸手宿よりスタートします。

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

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宿場町の家々にかかる”のれん”
なかなか渋くていいですよね。

街灯にかかる”のれん”もまた可愛い。
何やらアニメ”らき☆すた”の聖地なのだそうです。

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街道を少し外れて幸宮神社に寄ってみました。
名前がいいですよね。幸が付くあたりが。

萌え絵馬があるそうですがこの日は見つからず。
立派なイチョウの木が見れただけでも大収穫でした。

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幸手というと権現堂堤の桜が有名だそうです。

すっかり桜は散ってしまってますが
名所ということで実に豪快な枝っぷりで見事でした。

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街道は権現堂川沿いを進んでいきます。
旧道には”つくば道”の道標もありました。

ここからは堤防の左脇を進む形になりますが
かつての街道は古地図と照らし合わせてみると
堤防上をどうも進んでいるような気がします。

ただ、堤防上は危険ですねー。
車がびゅんびゅん。

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栗橋宿の手前には枡形の跡があります。

ここには処刑場があったそうなのですが
この先にある関所を破る人が多かったそうで
見せしめという意味もあったといいます。

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栗橋というとJRと東武の駅があり
ジャンクションで賑わっているイメージがあったのですが
宿場町はひっそりとした雰囲気がありました。

街路灯ですが幸手宿でもそうでしたが
この近辺の宿場ではこのタイプの多いですね。

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関所付近では何かの発掘調査が。

さて、関所を通り利根川を渡ります。

対岸の河川敷には中田宿がありましたが
残念ながら跡形が何も残っていません。

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今は立派な橋が架かる利根川は
江戸時代は舟による渡しだったのだそうです。

ですが将軍が通る時のみは
急場で舟橋を作ったのだそうです。

この舟橋の精細な模型は
古河の歴史資料館で見ることが出来ます。
なかなかの出来で驚きました。

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中田の松原。

この周辺は松並木がずらーと並んでいたようです。
戦中に切り取られた影響で跡形もありません。
昔は隙間から古河城の三重櫓が見えたそうです.

現在は若い松が植えられていますが
半世紀もすればまた立派なものに蘇るでしょう。

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古河宿に入ります。

城下町であり宿場町でもあります。
将軍は古河城で一泊したわけですが
街道からは御茶屋口から城内に入っていたようです。

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ただし現在は城跡は殆ど残っていません。
本丸は渡良瀬川の河川敷に消えてしまってます。
遺構としては歴史資料館の場所は離れ曲輪にあたり
堀の跡がいくぶんか見ることができます。

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古河宿のメインストリートでは
新しい家が多かったのですが出口に近づくにつれ
古い家がよく残っていて雰囲気が良かったです。

しかも明治からの丸ポストにも出会えました。
飾りものではなく現役なのは凄いですよね。

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次の野木宿は比較的小さな宿場町だったようです。

正八幡宮では将軍が小休憩した場所で
今は巨木が2本だけしかない境内なのですが
昔は神社を取り囲むように幾本もの巨木があったそうです。

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この辺りから増えてくるのは「十九夜」と書かれた石碑。

関西ではあまり馴染みがないですが
女性の厄払いと安産(難産除け)祈願する信仰だったそうです。
19という数字は若い女性の厄年が十九歳だからなのだとか。

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初めて出た”福島”の文字。
どんどん東京から遠くなって行きます。

やがて間々田宿です。
手前には乙女という集落があり市立博物館もありました。

この乙女という地名。なんだかかわいいですが
江戸時代は重要な乙女河岸という船着場があったそうです。
乙女から上流は川幅が狭く舟の通行が困難になるので
かなりの賑わいがあったといいます。

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5/5に間々田八幡宮で奇祭があるそうで
道路から飛び出るように龍の飾り付けがされていました。

この付近から所々に旧道が残っています。
こういう土道はなんだかホッとしますね。

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まもなく大きいビル群が見えてくると小山宿。
今回はここでゴールとしました。


 
posted by にゃおすけ at 19:00 | 大阪 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日光道中二十一次 | 更新情報をチェックする

2014年07月18日

日光街道二十一次その2・越ケ谷宿→幸手宿

半年ぶりとなる日光街道歩き。

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

越ケ谷宿よりスタートします。
見事な五月晴れ。

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さっそく庚申塔に出会いました。
台座に猿の彫刻が立派に施されるタイプは
関西ではあまり見かけないものですね。

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左手に鬱蒼とした森が見えてくると
宮内庁の鴨狩り場が広がってきます

元をたどると将軍家の御狩場で
鷹狩を目的によく遊びにきていたそうです。

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越ケ谷というとダルマで有名なのだそうです。
街道を歩いているとあちこちに看板がありました。

そういえば、
この付近は墓地が点々とあり不思議な光景でした。
普通なら寺が併設された上に墓地という感じですが
もしかすると何かがあった場所なのかもしれませんね。

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午後に入って気温がぐんぐん上昇します。
ビールの看板を見てもぐっと我慢です。

続いてせんげん台。
東武電車の急行が止まる駅です。
由来は江戸時代に作られた千間堀からだそうです。

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ちなみに”間”は昔の距離の単位で1mが0.55間。
千間だとざっと500mといった感じですね。

眺めてみると堀はそれ以上の長さがあるように思えるのですが
昔の人は大きい数字のことを”千”や”万”で表すことが多いので
ここもそういった類だったのかもしれません。

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GWだからか国道沿いの車は渋滞気味です。

次の宿場町は粕壁宿。今の春日部です。
古い時代は元々”春日部”でしたが”粕壁”に改名して
近世で再び”春日部”に戻ったのだそうです。

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中層マンションが林立する宿場内。

そんな中、シャッターに描かれた絵を見ると
あーここは宿場なんだと実感させてくれます。

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古利根川を渡り杉戸町へ。

電信柱をよく見ると青いラインがひいてあります。
カスリーン台風での最大浸水ラインなのだそうです。

もともと、この付近は治水がよくなかったようで
将軍の日光社詣の折は安全面を重視して
日光街道を通らず御成道を経由になった話があります。

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杉戸宿。
最寄りは東武動物公園駅です。
宿場は動物園とは反対方向側なのであまり賑やかさはないようです。

杉戸宿というお酒があるんですねー。
なんとも良い名前です。

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古い家もちらほら残っています。

杉戸のいわれとしては
杉林が多く杉の門があったことからだそうですが
他にもいろいろ説があるようです。

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圏央道の工事がされていました。
街道のど真ん中にどーんと橋脚が立っています。

これはちょっと勿体ないですね。
なんとかならなかったものでしょうか。

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やがて日光御成道と合流すると幸手宿です。


  
posted by にゃおすけ at 22:04 | 大阪 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日光道中二十一次 | 更新情報をチェックする