2017年03月28日

熊野古道中辺路その2・鮎川王子→近露王子

中辺路のハイライトの一つ。
牛馬童子と出会える区間です。

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

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鮎川新橋で富田川の右岸へ渡ります。

山裾に沿うようにウネウネと旧道が通っているわけですが
近年はショートカットするように道筋を改良してる場所を多くみかけます。

たとえばこういうところ。

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山では水が流れるところに谷を形成していきます。
そういう谷は昔は谷底に降りるか山沿いに迂回していたのですが
谷底に降りるには体力がいる上に急坂なので危険を伴うので
山沿いに同じレベル上で迂回するのが一般的でした。

このことを頭に入れて歩いていくと
おのずと消えかかった旧道が見えてきます。
ここも下のような痕跡がしっかりと残っていました。

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川べりの高台を進んでいきます。

この辺りでは水面と結構な高低差があります。
川沿いの宿命といえる氾濫から道を守るために
このような高い場所を通していたのでしょう。

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ここに来てようやく熊野古道のイメージ通りの場所に出会えました。
杉木立の中を進んでいると暑さも忘れます。

所々で狭くなってる場所があったものの
全体的に歩きやすい快適路でした。

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こういう木の橋が架かってる場所がありますが
ちょっと心もとない感じがしました。

もしかすると世界遺産制定時に新しく架けられて
メンテなしでそのままなのかもしれません。

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所々で「熊野古道ではありません」という看板がありました。

こういう案内看板の類は「ここは○○です」といったものが多いですが
わざわざ注意喚起しているのは山に不慣れな人が多いという証拠なのでしょう。
英文も表記されているので外国の人でも安心ですね。

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北郡越え。
国道はトンネルで通過しますが古道は急坂で越えていきます。

古い石仏が多いのは熊野古道歩きの楽しみのひとつ。

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吊り橋で富田川の左岸へ移ります。

橋は結構な高さがありますが
昔は吊り橋が架かっていたとは想像できないので
おそらく下流側にある津越集落に向かって川沿いに下って、
川を渡っていたのではないかと思います。

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清姫の生誕地であり墓がある場所は
広場になっていて眺めが良くて一息入りました。
風通しが良くて超涼しかったです。

豪雨災害の爪痕を左に見て進むと滝尻王子へ。

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滝尻王子は五体王子の一つでした。

今も資料館や茶店、トイレなどが集まっているので
山越えを前にしたちょっとした休憩ポイントになっています。

「滝尻」の「尻」は川と川の合流する地点という意味で
2つの急流がぶつかって滝のような音がするというのが謂れみたいです。

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滝尻王子から先は熊野の聖域と言われています。
ここまでは楽ちん道中だったのが嘘のような急坂になります。

人気のある区間だからか外人さんの姿もチラホラ見かけます。
一様に半袖短パンスタイルでとても軽快な恰好なのですが
外国ではこういうスタイルが一般的なのでしょうか?
以前、富士山に登った時も多かった気がします。

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胎内くぐり。
無事に潜ることが出来たら安産できるというもの。
でも出口はかなり狭いので容易ではありません。

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乳岩

この近くには乳岩というものもあって逸話があるのですが
先を急いでいた夫婦はここで産気づいたので産んだところ
やむなく岩の前に放置して行ってしまいます。

ところが、帰りに寄ると
赤ちゃんは岩からしたたり落ちる水を飲んで
狼に守られて丸々と育っていたといいます。

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不寝王子跡。
九十九王子の中には入っていない王子なのですが
江戸時代の文献には名前があるそうです。

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引き続き、急坂を登っていきます。
木の根が張っているので歩きづらいものですが
どれも若い木なので植林の影響なのでしょうか。
昔はもっと歩きやすかったのではと思います。

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山の中では危険なので基本的に街道マップどおりに進むのですが
本来の道と思われる道が分岐してる場所を見かけることがあります。

おそらく何かの事情でルート変更になったのでしょう。
崩落しているか新たにショートカットできる道を作ったのか。
元々のルートはこのまま歴史に埋もれていってしまうでしょうね。

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糸を通した針を2本立てて祈願すると
歯痛が治ると伝えられる「針地蔵尊」さん。

やがて、高原の集落に入ります。

相当な高さまで登ってきました。
秋の早朝には雲海が見えることがあるそうです。

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高原集落は高原熊野神社を中心としています。

かつて旅籠が幾重にも並んでいたことからも
熊野古道を行く人々にはなくてはならない場所だったそうです。

神社の拝殿は大変古いものですが現在は修理中でした。

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高原集落を過ぎると尾根沿いに進んでいきます。
さらに標高をあげていくので山歩きさながらです。

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樹齢を感じる木々。
やっぱ植林ものとは違いますね。

高原池では水面に木々が映り込んで美しいものでした。

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大門王子跡。
ここは山中の要地で水飲み場があった上に
名前のとおり大きな鳥居が立っていたそうです。

比較的新しい時代に出来た王子なのですが
江戸中期に祠がすでになかったといいます。

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やがて十丈峠。

十丈王子跡には江戸時代には数戸の家があったので
周囲は広々としていて休憩にはうってつけの場所でした。

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小判地蔵を過ぎると下り坂が始まります。
所々で石積みがあって道が補強してあります。

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復元か本来のものか判断に難しい石畳が続きます。

この峠付近の道筋は明治になってルートが変わっているので
復元か明治時代に敷いたものかもしれません。

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逢坂峠の東側に立つ大坂本王子跡。
この先は沢沿いの小道を道なりに進みます。

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箸折峠。
有名な牛馬童子がおられました。
意外と実物は小さいものです。

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近露の集落が見えてきました。

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近露王子跡でゴールとしました。
次回は熊野本宮大社まで進もうと思います。


  
 
posted by にゃおすけ at 11:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 熊野・紀州への街道 | 更新情報をチェックする

2017年03月08日

熊野古道紀伊路その9 中辺路その1・南部→鮎川王子

いよいよ中辺路へ。

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

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暑い時期は朝のうちに距離を稼ぎます。

海の眺めが綺麗な堺漁港。
漁港の先からの海岸線は護岸整備されてないので
昔ながらの岩がむき出しの海岸になっています。

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コンクリ壁には郡界石が埋まっていました。
ここが南部と田辺の境目にあたります。

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芳養(はや)王子跡は今の芳養大神社。

秋に5〜7歳くらいの子どもを着飾って
大人が肩車をする「美女万歳」が奉納されています。

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芳養松原という地名。

この先にある牛の鼻という岬まで続いてたと思うのですが
海岸線の埋め立てによって昔の面影がありません。
かつては相当な松原が広がったいたことでしょう。

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昔の名残りを惜しんでか
国道沿いに若い松が植えられていました。
松の間から眺める海はいいものですね。

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田辺市街地は城下町だった影響で
道筋には枡形や道標が残っています。

熊野古道はここで川の上流へと進路を変えます。
平安時代の田辺市街地は広大な湿地帯だったので
住むことはおろか通ることさえ出来なかったそうです。

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中世から江戸時代になると市街を通るようになりますが
新旧の分岐点というべき場所が出立王子跡です。

潮浴びのことを潮垢離というのですが
出立王子前方ニある潮垢離浜で体を清めていました。

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ちょっとした山を登っていくと田辺の港が見えてきました。
昔は湿地だったと思えないほど発展しています。

ここから中辺路と名前を変えます。

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この先は会津王子跡、万呂王子跡と経由していきますが
どこが本当の場所だったか謎が多い王子です。

会津川の流れの影響で道筋が頻繁に変わったり
近世になってからは現市街地を通るようになったので
両王子は随分と早い段階で寂れてしまったのでしょう。

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その万呂王子を通過している時のこと
手持ちのiphoneの電源が突如切れてしまいました。

完全に放電していたので予備バッテリーでは充電できず、
店を何軒か回って充電させてもらったのですが
今度はいくら充電しようが17%からあがらずで困りました。

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地図類をすべてiphoneに入れてあるので
いつまた電源が落ちるかヒヤヒヤしてたのですが
結局は予備ケーブルに付け替えたら直りました。
ようするに中で断線していたんですね。

これが山の中だったらと思うとゾッとします。
全てを電子化してると危険だなと改めて思いました。

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さて、三栖王子跡です。
ここから先は草道が多くてわかりにくくなっています。

有名な中辺路といえども
今回の区間はほとんど人が歩いてないようです。
ただ、藪は真夏の時期でもこの程度だったので
冬から春は普通に歩けるかもしれません。

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こういう場所でも案内看板はあるのは嬉しいところで
さすがは熊野古道だなと思いました。

八上王子までの間では崩落個所があります。
迂回が推奨されていますが赤テープの目印があったので
自己責任で進んでみました。

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さすがに迂回推奨区間は草は伸び放題。
倒木もいくらかありましたが路盤はしっかりしてるので
意外とスムーズに歩けるものでした。

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ここが崩落場所です。
2mほど道がなくなっていました。
上側に迂回路があったので利用しています。

熊野地方は雨が多い地域です。
こういう崩落はどこであってもおかしくないわけで
そのたびに迂回を繰り返していたのではと思います。

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崩落場所を過ぎて舗装路にでました。
八上王子跡には歌人西行法師の歌が残ります。

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次は稲葉根王子跡になるのですが
昔ながらの山越えで進むのは結構大変です。

山道に入ると案内看板はほとんどなく、
GPSがないと道がわからないほどです。

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伸びまくる草。

所々に雰囲気の良い場所もあるんですが
植林の影響などで道筋が壊れている状態です。

峠付近の立派な切通しには感動しました。

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下り坂はこれまた倒木だらけの急坂。
動物の罠が仕掛けられていたりして大変でした。

そうこうしてるうちに稲葉根王子跡。

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ここは五体王子の1つ。
立派な境内でちょっと一休み。
心洗でタオルに水を含ませて顔を洗います。

気持ちいい!!

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ここから先は熊野の聖地から流れている
富田川に沿った道が続きます。

熊野古道は川を何度も渡って進むのですが
繰り返すことで心身ともに浄化するという話があります。

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稲葉根王子跡から一ノ瀬王子跡へ。
さっそく富田川を渡ります。

ルートが二手に分かれてるのですが
今回はだるま寺を経由する道筋を使いました。

潜水橋から見る水面はとても澄んで綺麗でした。

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だるま寺。

この周辺は看板通り進めば大丈夫なのですが
本当に熊野古道?と疑問の場所も多々あります。

でも普通に考えると川沿いなので氾濫はつきものなので
安全を考えて高台を通っていたのかなとも思います。

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一ノ瀬王子跡を過ぎて川の右岸を進みます。

この付近は舗装路で熊野古道の雰囲気はないですが
景色はダイナミックなものがありました。

飛び込みたい!

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鮎川王子にかけては山の中腹を進む場所があります。

現在の国道は無理矢理川沿いに作られているのですが
当時は道を通す技術がなかったので山へ向かったのでしょう。

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逆に氾濫期でない川の流れが安定している時は
河原を通っていたのでは?と考えてもみたのですが
熊野特有の漬物石みたいな石がゴロゴロしているので
とても歩けたものではなかったのだろうと想像できます。

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今回のゴール鮎川王子跡。

宿は田辺市街で取ったのでバスで戻りました。
1時間に1本程度あるので便利なものです。



   
posted by にゃおすけ at 10:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 熊野・紀州への街道 | 更新情報をチェックする