2014年07月15日

日光街道二十一次その1・日本橋→越ケ谷宿

五街道の日光街道!
家康のお墓がある日光への街道です。
途中までは東北に通ずる奥州街道と重複しています。

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

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日本橋はいつ見ても立派ですね。
麒麟の翼。造形ががなんとも素晴らしい。

スタートは朝の6時台でしたので
いつもは賑わっている界隈はひっそりとしていました。

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三越を横目に見て進みます。
重厚感の建物がズラリと並んでいます。

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実は最初の宿場である千住宿までの区間は
以前水戸街道歩きの時に歩いています。

だったら千住宿から歩けば??となるのですが
そこは五街道。日本橋からのスタートに拘りがあります。

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進路を東に変えるとスカイツリーが見えてきました。
朝は逆光になりますがシルエットがまた美しいものです。

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浅草橋では屋形船のたまり場が広がってました。
江戸情緒が満点で良いですよね。

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浅草は7時ごろに到着しました。
吉原も近くにあり昔からの繁華街です。

仲見世の通りもご覧のとおり静か。
日中の賑わいが嘘のようです。

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南千住でJRの線路を越え
昭和初期に架けられた千住大橋を渡ると千住宿。

早い時期に宿場をバイパスする道路が出来たので
今も昔からの道筋がよく残っていました。

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あちこちに昔の屋号が掲げられた家々。
道端にある宿場の案内看板を見ていると
宿場を生かした町づくりを感じることができます。

”宿場町通り”に掲げられてる看板には
これから歩くであろう宿場町を1つ1つ紹介されてました。

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千住宿の北の端で水戸街道と別れ荒川を渡ります。

この荒川は隅田川のバイパス水路にあたるもので
明治から大正期に作られています。
ゆえに江戸期には何もなかったわけですね。

今の時代は橋で迂回するしかありませんが
歩いて橋を渡ると川幅の広さを実感できて良いものです。

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今回歩いた日は真夏で
この日も暑い日が続いていました。
住宅街の中をたんたんと進むので景色は単調ですが
コンビニや休憩ポイントが多いのには助かりました。

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やがて草加宿。
草加せんべいで有名ですよね。

なにやら昔は草加は米どころだったそうで
野田の醤油と組み合わせて作られた名物なのだとか。

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草加宿の北の端には枡形の跡があり、
そこには休憩施設兼案内所が出来ていました。

もともと真夏に歩く人が少ないからか
待ってました!とばかりお茶を盛大に出してくれ
ちょうど被っていた菅笠の話で盛り上がりました(^^;

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草加宿と越ヶ谷宿の間には立派な松並木が植わっています。
やっぱ松並木の中を歩くのは気持ちいいですねー。

見た感じ若い松の木が多い気がしますが
年を重ねるにつれ凄さを増してくるのでしょう。

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松並木の北の端には蒲生大橋が架かり
一里塚跡がありました。

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人形のお店が多くなってくると越ヶ谷宿。
埼玉県内での最大の宿場町です。

徳川家康は鷹狩でたびたび訪れたそうで
今も御殿場町など町名に名残りがあります。

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宿場の真ん中では元荒川が横切っています。

この川を境に南側は商家が多く北側は旅籠中心だったようで
今も南側には立派な商家が残り印象的でした。

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今回は北越谷駅の駅前でゴールとしました。


    
posted by にゃおすけ at 18:47 | 大阪 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日光道中二十一次 | 更新情報をチェックする
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