2015年01月14日

西国街道その5・大久保駅→姫路城下

9月に入って最初の街道歩き。
道中随所に秋の気配を感じることが出来ました。

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

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雨上がりの大久保駅前をスタートします。

マンションが立ち並ぶ大久保ですが
さすがは日曜の朝だけあって静かでした。
同じ時間でも平日は違った表情があるのでしょうね。

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刈り取り間近の稲穂。
もう秋ですねー。

溜め池も増えてきて
ようやく郊外の景色になってきました。

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所々に立派な道標が立っています。

「左 別府手まくらの松/をのへの可年(かね)/高砂相生末川(松)」

このように書いてあるのだそうです。

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別府や高砂のあたりの海岸は昔から「松の名所」だったので
この道標はそれらへの案内のものなのでしょう。

下の大山寺の道標は今の太山寺へのものになります。
場所は伊川谷にあるので結構な距離があります。
歴史は古く本堂は国宝に指定されているそうです。

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土山付近では大きな商店街に出会えました。

今の時代は大型ショッピングセンターが多くなってますが
昔ながらの公設市場は懐かしいものを感じます。

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半鐘付きの立派な火の見櫓。

火災時は鐘を叩いて知らせるのですが
最近は防災スピーカーで鳴らす場合が多いようで
半鐘は飾りになってるか撤去されてるのが増えてきました。

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野口神社の立派な鳥居。
江戸時代までは山王五社宮と呼ばれていました。

この辺りの古くからある神社なのですが
不思議なことに街道の南側にも2つ目の鳥居があります。

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なぜ2つも?となるのですが
おそらくは古い時代の山陽道(賀古の駅からの道)が
南側の鳥居の先に通っていたという説があるようです。

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加古川宿に入ります。
宿場の中心はアーケード街になっていました。

ちょうどこの日は市が開催されていて
大勢の人で賑わっていました。

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アーケードの出口付近にあった陣屋の跡。

加古川の川渡しを前にした加古川宿には
本陣や旅籠・店屋が多く立ち並んでいたそうで
渡しには人夫が100人、馬子が150人いたとされています。

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加古川を渡ります。
昼を前にして暑くなってきました。

今回の道中においては
旧道区間がほぼ全般に残ってて嬉しい限りです。
アップダウンも少なく実に歩きやすい道でした。

ただ今年の大阪の夏は涼しかっただけに
ちょっとした暑さにもこたえてしまいます(^^;

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宝殿駅近くにある道標。

「左 石寶殿」

石の宝殿と呼ばれる巨石は
昔から有名な名所だったそうです。

この道標にもあるように
街道から外れて周遊する形で道が整備されてたので
多くの一般の人も寄り道をしていたといいます。

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播磨らしい岩山が増えてきました。

景色も一層のどかな風情になってきて
古い家も多くなって良い感じです。

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橋の手前にあった道標。志方と書かれています。
黒田官兵衛の光姫の実家のある場所です。

道中の後半は官兵衛関係の史跡が多く
暑い中を歩いている歴女の姿が見られました。

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明治天皇は地蔵院で小休止されています。

地蔵院は曽根駅の近くにあるのですが
駅の近くでは道標が大切に保存されていました。
影になっているので保存状態は良いようです。

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別所付近は懐かしいものがいっぱい。
森高千里の「飲もう~♪」のポスターもありました。

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御着宿は間の宿です。
古い立派な家が続いていました。
近くには御着城跡公園。黒田家の廟所もあります。

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天川に架かる橋は
昔は大きな石造りの太鼓橋だったそうです。

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市川を渡れば姫路市街地ですが
その手前の旧道風情はなかなかのものでした。

市川橋を渡ります。

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姫路の市街地は空襲で焼けた場所が多いですが
京口の手前のあたりはあまり被害がなかったようで
古い家並みが良い感じに残っていました。

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京口は姫路城から見て京都に近い門ということで
ここには立派な京口門がありました。

門でクランク状になっていた道筋は
明治の早い段階で直線にする工事を行っています。
今も学校の敷地の下には石積みが残ってるそうです。

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姫路城が近くなり
道がややこしく曲がっていきます。

アーケード街には官兵衛ののぼりが。

官兵衛も通った道と書いてるあたり
ここが古い道である証拠ですね。

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宿場機能としては少し先が中心なのですが
今回は姫路駅前の道路でゴールとしました。

道路からくっきり姫路城。
白さが一層目立っていて綺麗でした。


  
posted by にゃおすけ at 19:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 西国街道(山陽道) | 更新情報をチェックする
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