2015年01月21日

西国街道その6・姫路城下→有年駅

秋空の姫路より出立です。

IMG_0148.JPG


↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

IMG_0144.JPG

姫路城下の西国街道は
西二階町のアーケードの筋を通っています。

朝早いのでひっそりと静かです。

江戸初期までは1つ北側の筋が街道だったのですが
堀の工事をした際に道に土砂など敷いたところ
歩きづらくなりこの筋に移ったという話があります。

IMG_0155.JPG

IMG_0151.JPG

姫路城下の西の端。
ここには備前門が設けられていました。

早い段階で撤去されているせいか
明治の地図でも位置を把握は難しいのですが
古絵図を見ると現在の緑橋付近が跡だと言われています。

IMG_0153.JPG

内堀には石垣が残ってるのを確認できます。
かつては備前門橋と呼ばれた木橋が架かっていたそうです。

IMG_0159.JPG

IMG_0164.JPG

龍野町付近の町並み。

姫路は空襲により古い建物が少ないのですが
ここには昔の賑わいを感じさせる家々が残っていました。

IMG_0168.JPG

IMG_0173.JPG

IMG_0183.JPG

朝早くから秋祭りの準備で賑わう街道筋。
ところどころに丸いぼんぼりが飾られています。

これは「指手(しで)棒」という代物で
町ごとに色が違っていて実にカラフルです。

祭りの本番では神輿の「屋台」とともに
これを持って町を練り歩くのだそうです。

IMG_0187.JPG

IMG_0186.JPG

祭りの旗と金木犀。
秋ならではの香りが街道に広がります。

夢前川を渡ります。

IMG_0207.JPG

かつては徒歩で渡っていたそうですが
橋が架かっていた時代もあったと記録があります。
その際は通行料がいくらか必要だったとのことです。

IMG_0203.JPG

川の手前に大きな常夜灯がありました。
普通は両岸に対になって置かれてるものですが
ここには姫路側しかありません。

片方は撤去されてしまったかは不明ですが
かつての旅人はこの大きな常夜灯を眺めて
姫路が近いことを実感したのではないでしょうか。

IMG_0204.JPG

IMG_0211.JPG

立派な道標。
出雲方面への道の追分にあたる場所で
あらゆる地名が書かれています。

「すぐ 姫路 京 大坂 江戸 往還」

当時の三大都市の名前が
1つの道標に刻まれているのは
西国街道ならではかもしれませんね。

他に宮島や金毘羅、九州、因州の文字もありました。

IMG_0234.JPG

山田峠。
かつては笹ケ峠とも呼ばれていました。

現在の道筋は掘割状の道になっていて
大きく山を削った形状になっています。
実はこの道は明治以降に出来たそうです。

かつての道筋はというと
掘割状の道の左側にひっそりと眠っています。

IMG_0240.JPG

IMG_0242.JPG

こちらがかつての山田峠。

藪があるので進みにくい状態ですが
路盤はしっかりしてるので歩こうと思えば歩けます。
ただし姫路側から来る分には住宅街の中なので
登り口が少しわかりにくいかもしれません。

逆方向からならば
この石柱が目印になります。

IMG_0244.JPG

IMG_0245.JPG

山田集落の入口。
ここは左に曲がっていくのですが
資料の多くは右に進むものが多くなっています。

江戸時代の古地図を見てみると
集落内で大きく屈曲して描かれてるのがわかります。
右の道はおそらく明治以降の道ではないでしょうか。

IMG_0247.JPG

ちなみに屈曲してる地点には古い道標が立っていました。
判読は難しいですが旧道である何よりの証拠ですね。

IMG_0258.JPG

晴れ渡った秋の空。

少しアップダウンのある里道を進んで
名水「桜井の井」を経ると太子町中心部へ。

IMG_0269.JPG

街道を少しそれた場所には
太子町立歴史資料館がありました。
展示には先ほどの山田集落の古地図もあり、
西国街道の資料も豊富でなかなか楽しめました。

IMG_0281.JPG

太子町は斑鳩寺が有名です。

奈良の法隆寺領でもあったので
至るところに奈良の雰囲気を感じることが出来ます。

たとえばこの常夜灯。
聖徳太子の名前がくっきりと刻まれています。
ここが斑鳩寺の参道入り口にあたります。

IMG_0282.JPG

IMG_0289.JPG

雰囲気のある家並みが続きます。
鵤(いかるが)宿と呼ばれていた辺りです。

ちなみに古代山陽道は
近世山陽道の少し北側を通っていたようです。

IMG_0288.JPG

IMG_0307.JPG

揖保川を渡ると正條宿。

渡し場跡が残っていて
狭い路地から宿場内へと入っていきます。
真っ直ぐの道は室津街道と呼ばれ港に通じています。

IMG_0321.JPG

この付近の堤防は少し変わってます。
少し頑丈な造りで隙間が等間隔に空いてるのですが
これは畳堤といって洪水時は畳を欄干の間に入れるそうです。

IMG_0322.JPG

IMG_0324.JPG

正條宿の光景。
右側のブルーシートのあたりが本陣跡です。

この手前には道標も立っていて
「左 たつの 山さき」と書かれていました。

IMG_0323.JPG

IMG_0331.JPG

IMG_0342.JPG

続いての宿場は片島宿ですが
宿場の名残りはあまり感じられません。

案内看板類も見当たらず、
普通に歩いてれば気づかないほどです。

この付近は山沿いになるので
木々の葉がだいぶ色づいていたのが印象的でした。

IMG_0347.JPG

IMG_0365.JPG

新幹線も停車する相生の集落へ。
ここは赤穂城下への分岐点でもありました。

IMG_0363.JPG

この立派な道標は

「是より右さいこくみち」
「是より左あかう城下みち」とあります。

付近の道路が拡張されているので
元々の場所から移設されてはいますが
移設されても残っているのは嬉しいですね。

IMG_0378.JPG

相生を過ぎると住宅は少なくなり
アップダウンある道筋になっていきます。

国道はここまで片側2車線だったのですが
ここからは片側1車線に。

IMG_0392.JPG

現在、有年にかけて
国道の拡幅工事が行われています。
中には街道が大きく削れれてる場所がありました。
(重機のある辺りが旧道にあたります。)

IMG_0403.JPG

IMG_0401.JPG

のんびりとした旧道風情。
稲もたわわに。彼岸花も咲いていました。

冬が近づき日が暮れるのも早いようで
15時ぐらいから顔面に当たる西日が強烈です。

西に向かう西国街道は
この西日との戦いになるのですが
疲れた体にこういう西日はこたえますね。

IMG_0409.JPG

IMG_0420.JPG

有年集落の手前にあるJRの跨線橋。
ここは国道の路肩を歩くしかありません。

一桁国道の国道2号線なので
大型トラックがバンバンと通っていきます。

IMG_0426.JPG

旧道の名残である草道を進んでいくと、
有年駅付近へと入っていきます。

次回はいよいよ難所の有年峠です。



  
  
posted by にゃおすけ at 20:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 西国街道(山陽道) | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック