2015年02月12日

西国街道その7・有年駅→伊部駅

いよいよ播磨と別れて備前の国へ。
その前に難所の有年峠が立ちはだかっています。

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

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有年駅を出ると千種川を渡ります。

かつては渡し舟で川を渡っていて
旧道を辿ると渡し場跡が残っていました。

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有年宿。

山あいの静かな宿場町といった風情。

古い家はさほど多くないようですが
町中のあちこちに案内看板があったので
楽しみながら歩くことで出来ました。

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有年宿の外れに
立派な鳥居の八幡神社があります。

鳥居の右手は小高い山になっていて
上まで登ると大きな木製の灯台があるそうです。
千種川を下る高瀬舟の航行用だったといいます。

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道中はすっかり秋の気配。
柿がだいぶ熟してきています。

旧道を歩いていくと
突然、墓の前に出ました。

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資料によっては墓の中を通るものがあるのですが
いくらなんでも・・・という思いで左の道を進んでいくと、
ありました!一里塚跡!!

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ルートの説がいろいろある場所は
こういう確定的要素があると嬉しいですね。

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有年峠を前にした立場跡。
この辺りは西有年地区にあたります。

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公園には懐かしい土管。
まるでドラえもんの世界です。

有年峠に入ります。

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入口付近は車も通れるような道筋でしたが
次第に鬱蒼とした山道になってきました。

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石畳が破壊された名残なのでしょうか。
このようなガレ場もありました。

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途中からは完全な登山道。

峠的には大したことはなかったのですが
倒木や蜘蛛の巣が多くて難儀しました。

これでも昔よりはマシになってるみたいで
他の方の記録では藪漕ぎしまくってるものがありました。
一番藪が酷い秋口の季節に藪がないということは
近年は定期的に整備をされているのかもしれませんね。

所々には真新しい西国街道の看板も見かけました。

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峠では見渡しが全く効きません。

一本道で下っていきます。
途中には石畳が残ってる場所がありました。

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やがて梨ヶ原宿が見えてきます。

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この辺りは中世の遺跡があることで有名で
宿という名前があるとおり峠を前にした宿場でした。

江戸時代において西国街道が整備されると
梨ヶ原宿は正式な宿場ではなかったようですが
いわゆる間の宿として扱われてたそうです。

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集落の途中には
明治天皇が休まれた跡がありました。

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続いての峠は船坂峠です。
今回の行程ではアップダウンが続きます。

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船坂峠は県境です。
長かった播磨の国もここで終わり。
いよいよ備前の国へと入っていきます。

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ここにあった県境碑は
大正期に立てられた立派なものです。
東宮(のちの昭和天皇)の文字がしっかり刻まれています。

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船坂峠にはもう1つ県境碑が残っています。
こちらは江戸時代に備前藩が立てたものです。

現在の峠から20m上の位置にあるのですが
おそらくはそこがかつての峠だと思われます。

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三石宿へと向かいます。
その手前には深谷滝への道標がありました。

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紅葉のシーズンには
大層賑わう三石の名所なのだそうです。

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三石の町は明治以降は煉瓦造りで発展しました。
今も立派な煙突を何本も見ることが出来ます。

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宿場の中ほどにある三石神社には
大きな岩がいくつも境内に鎮座してありました。
なにやら安産の神様だとか。

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煉瓦造りのJRのトンネルをくぐります。

明治の建築物はほんと立派ですよね。
おそらくこの煉瓦も三石で作られたものでしょう。

明治天皇はトンネル付近の光明寺で休まれています。

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ここから先は弟坂、兄坂と国道を歩いていきます。
さすがは国道2号だけあって大型車が多いです。

途中の八木山にあった明治天皇の休息地点。
三石の光明寺を出て30分も経っていません。

現代の道は整備されているのですぐの感覚ですが
往時はこの何倍も時間がかかっていたかもしれませんね。

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閑谷付近。
有名な閑谷学校は5km先にあります。

備前の国に入って
どこか家の風情もが変わったように感じます。

先ほどの船坂峠は方言の境でもあったようで
めっきり関西なまりを聞くことがなくなりました。

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備前焼を売るお店が増えてきました。
今回のゴールの伊部は生産地として有名です。

山間部を過ぎて行くと
片上の町へと入っていきます。

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片上宿は久しぶりに海が見える町です。

八幡神社の前にある狛犬は備前焼で出来ていました。
文政年間のもの。触ってみると固くガッチリしています。

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津山への道の追分。
片上宿内ではこのような案内看板が豊富でした。

それにしても町の雰囲気がいいですね。
牡蠣でも食べに冬に改めて訪れてみたいものです。

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葛坂峠。
ここにはお夏の茶屋がありました。

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お夏は天性の美貌と知れ渡った人で
店の評判は随分と良く人気の店だったそうです。

峠からは伊部の町を俯瞰できるので
ゆっくり休むにも絶好な場所だったことでしょう。

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伊部(いんべ)は備前焼の里。
登り窯の独特な煙突があちこちに立っています。

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天津(あまつ)神社の狛犬も立派な備前焼でした。
奥の門にも備前焼の瓦が使われています。

次回は岡山宿を目指していきます。


  
posted by にゃおすけ at 16:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 西国街道(山陽道) | 更新情報をチェックする
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