2015年11月04日

水戸街道その3・天王台駅→ひたち野うしく駅

利根川を渡って茨城県へ。

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

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天王台では”台”と名前にあるように、
起伏のある台地状を進んでいきます。

立派な鳥居があり懐かしい光景が広がります。

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ふと国道6号の左手を見てみると
国道と田畑とで高低差が目立ちます。

平地は利根川を前にした低湿地帯だった影響で
街道は地盤が安定してる山沿いに作られたようです。

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やがて間の宿である青山宿。
国道から一つ中に入っているので静かな町並みです。
利根川の増水時は大いに賑わったことでしょう。

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青山宿を過ぎると利根川を渡ります。

現在は堤防と堤防の間を広くとっていますが
水路自体は今も昔も似たような幅だったそうです。

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ちょうどこの辺りが船渡し場だった

利根川の先にある宿場は取手宿。
水戸街道の中でも新しい部類に入ります。

江戸時代の初期は我孫子宿を出ると
成田街道の道筋を通り布佐付近で利根川を渡るルートで
この先の若柴宿手前で合流するので大回りでした。

なぜ、江戸時代初期はこのような道筋だったのか。
それはこの先の道筋にヒントがあります。

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取手宿。かつては宿場町としての機能の他にも
利根川水運の拠点地でもあり大変な賑わいがありました。

旧街道沿いには古い家が多少残っていて
なかなかの風情が残っています。

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本陣は染野家住宅で1795年築造のものです。

茅葺の大きな建築は本陣としては珍しいもので
パッと見は田舎の大きな住宅といった感じなのですが
使われてる木材や唐破風造りの玄関などを見ていると
本陣の”格”というものを感じることができます。

週末を中心に公開されていて
周辺の街道の古写真の展示もありました。

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八坂神社の狛犬。

険しい岩の上に凛々しく立つ姿のものは
関西では見かけないタイプですね。

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次の藤代宿にかけては平坦な道筋を進んでいきます。
遠くに筑波山が見えてきました。

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立派な水田が広がります。
地名に「新田」が付く場所が多くなってくるのですが
昔は小貝川水系の低湿地帯で通行に難がありました。

これが先ほどの江戸初期まで大回りしていた答えの一つで
江戸中期以降に水戸街道の新しいルートができてからも、
取手宿〜藤代宿の間には「本通り」「中通り」「椚木廻り」「大廻り」といった
増水時対策の迂回路が用意されていました。

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古い道標には江戸の文字。
裏には水戸と書かれています。

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常磐線の踏切を渡ると藤代宿です。
踏切の名前は旧陸前浜街道踏切でした。

宿場の中ほどで直角に曲がっています。

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写真の左手にある公民館が旧本陣です。
広大な敷地の中には元々あった植木が残っていて
かつての名残を感じることができます。

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藤代宿の隣町には宮和田宿という宿場もありました。
宮和田宿は藤代宿と日によって交代する当番制だったので
現在では藤代宿としてまとめて扱われるのが一般的ですが
宮和田宿にも本陣が存在した立派な宿場でした。

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小貝川を渡ります。
かつての暴れ川は今はとても静かです。

ここは下総国と常陸国の国境でした。

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小貝川を渡った先は
こんどは牛久沼流域の低湿地帯に入ります。

平坦な道が続きやがて大きな道標。
ここが江戸初期の水戸街道の合流地点です。

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文政9年のもので
水戸16里 江戸13里 布川3里と書いてあります。

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水田の中を進みと
左手に細長い台地状の地形が見えてきます。
これが若柴宿で街道から横方向に見渡せる宿場は
そうそうあるようでないもので珍しいものです。

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台地上に広がる若柴宿。
湿地帯を避けた場所に設けられた宿場で
メインストリートの左右両側には坂があって
昔ながらの名前がそれぞれについています。

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宿場の出口はクランク状になっていて
それを過ぎると起伏がある道筋になっていきます。

森のような鬱蒼とした中も通っていきます。

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この膨らみはなんでしょう?

これは成井の一里塚。
上に木が残ってないので一見するとわかりませんが
両塚ともに残っているのはポイントが高いですよね。

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牛久宿。「く」の字型の宿場町で
江戸側が下町で水戸側が上町と呼ばれていました。

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牛久駅前は国道と合流することから
結構な賑わいがありました。

やがて今回のゴール「ひたち野うしく駅」
ここは科学万博の臨時駅でした。


 
posted by にゃおすけ at 19:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | その他の街道 | 更新情報をチェックする
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