2016年06月02日

伊勢南街道その8・粥見→田丸城下

今回は一般的に和歌山別街道と呼ばれている区間です。

IMG_2847.jpg


↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

IMG_2848.jpg

粥見神社前。
松阪への本ルートとの分岐点にあたります。
ここからは紀州藩の支城である田丸城を経由して、
伊勢本街道に入って伊勢神宮へ到達する道筋です。

IMG_2846.jpg

道標の「さんぐう」の文字。
これはもちろん伊勢神宮のこと。

粥見集落の先で櫛田川を渡ります。
かつては船戸の渡しと呼ばれていた場所です。

IMG_2852.jpg

IMG_2860.jpg

雰囲気良い渡し場への下り道。

今も痕跡は残っているのですが
三重県の街道マップではスルーになっています。
自治体が設置した看板もあるのに勿体ない話です。

IMG_2862.jpg

IMG_2872.jpg

マップは有難いものですが所々で抜けてる箇所があるので
昔に忠実に歩きたい人は注意が必要です。

IMG_2878.jpg

IMG_2883.jpg

桜峠。

山越えの道ですが道路が大幅に改良されて
昔の面影がほとんどなくなってしまっています。

新道と旧道を行ったりきたり。

IMG_2886.jpg

IMG_2889.jpg

旧道の断面があらわになってる場所がありました。
よーく見ると江戸時代の道と思われる石積みがあります。

右下の部分がそうですね。

IMG_2902.jpg

IMG_2901.jpg

多気町に入ると民家が多くなってきました。
この辺りから目立つのは和歌山別街道という標識。

しばらく旧道を進むのですが
旧道自体の改良は昔から頻繁に行われていたようです。

IMG_2916.jpg

たとえばこの石積み。
旧道と旧々道との分岐点にあったものですが
古い石積みの上に新たに積まれた形跡があります。

楽に曲がれるように作られたものなのでしょう。
このような改良が随所で見かけることができますが
それだけ重要路だったということがわかります。

IMG_2931.jpg

IMG_2923.jpg

五箇篠山城が見えてきました。

北畠具教が謀殺された時と本能寺の変の時に
お家再興を図る北畠具親が2度のろしを上げた城ですが
共に失敗に終わっています。

IMG_2930.jpg

IMG_2941.jpg

街道は城をグルッと回る形で進んでいきます。

IMG_2952.jpg

IMG_2955.jpg

蛇行が凄まじい櫛田川。

これでもかっ!ぐらいウネウネしています。
景色は中央構造線らしくダイナミックなもので
歩いていて実に楽しい区間です。

IMG_2961.jpg

川沿いに並行しているのが「立梅用水」です。

これは1823年に丹生宿の灌漑対策で作られたもので
馬に乗って巡検するための立派な道も横に作られています。

IMG_2965.jpg

IMG_2975.jpg

丹生宿に入ります。

女人高野山丹生山神宮寺。
通称丹生大師の門前町として賑わいがありました。

宿内には古い風情が残ります。

IMG_2985.jpg

道標には
左、よしの、かうやみち。右、いせ、さんぐうみち。

かつて江戸など遠方から来た伊勢参拝の人は
参拝後も奈良など周辺を観光して帰る人が多かったわけですが
伊勢南街道は巡礼においても大いに利用されていたと思われます。

IMG_2988.jpg

IMG_2991.jpg

宿場内の道筋はいたって複雑です。
現地の標識と三重県のルートマップでは若干違っています。

たとえば現地の標識では神社前へ出る道筋で案内してるところを
三重県のものは寺の山門へと一直線に進むよう案内されています。

IMG_2995.jpg

IMG_2994.jpg

こういう2つの説がある場所は両方歩いてみるわけですが
寺の前に下の写真の道標があったので三重県のほうが有力でしょうか。
しかし、何故ここまでルートが違ってくるのもなのでしょう。

IMG_3011.jpg

IMG_2999.jpg

IMG_3005.jpg

神宮寺。
なかなか趣のあるお寺です。

階段の横にある立派な回廊は靴を脱いで入ることができました。

松阪界隈では大師道と書かれた道標がいくつもありますが
この寺の人気ぶりがわかります。

IMG_3010.jpg

IMG_3021.jpg

IMG_3024.jpg

田畑の中を一直線に進みます。
山々に囲まれてここが近畿であることを忘れるぐらい
ダイナミックな景色の中を進んでいきます。

今回の旅は冬だったので寒々しかったのですが
夏は青々とした光景が広がってることでしょう。

IMG_3037.jpg

近長谷寺(きんちょうこくじ)への分岐点。
小規模ながらも門前町が広がっています。

IMG_3042.jpg

立派な道標には
「すぐさんぐうみち。近長谷観音道。」

大和の長谷寺に行くならば
ここも参りなさいよ的なことが書かれてあります。

IMG_3040.jpg

近長谷寺は歴史がある寺で
さらに頂上には城跡もありました。

城からは伊勢南街道、伊勢本街道の双方が見えるので
防衛の意味で絶好の場所。見晴らしもいいみたいです。

ここからしばらくは山道を進みます。
山道といっても整備された道で平坦なものです。

IMG_3052.jpg

IMG_3059.jpg

右いせ道、左あふか道。
左は相可の集落への道で伊勢本街道と合流しています。

集落には日の丸を掲げる家々があるなど
古き良き時代を感じる光景が広がっていました。

IMG_3068.jpg

IMG_3074.jpg

IMG_1402.JPG

佐奈駅付近で驚いたのは車両のカットボディ。

色はキハ58だけど形はキハ48。
JRマークの位置は不自然で見ればみるほどおかしい。

なんじゃこりゃー!

これを見つけた場所は道路から少し入った場所なので
自転車や車では気付かずに通り過ぎていたと思うのですが
ゆっくり見て回れる街道歩きでよかったと思った瞬間です。

正体はTwitterなど聞いてみたものの結局はわからず。
ご存知の方はお教えください。

IMG_3085.jpg

IMG_3092.jpg

佐奈を過ぎると集落毎に旧道が入り組んでいます。

IMG_3143.jpg

IMG_3129.jpg

やがて熊野街道と合流すると野中集落です。

追分には道標がありました。
「右、かうや よしの みち。左、さいこく道。

IMG_3140.jpg

永昌寺は参勤交代のおりで殿様に無礼をした人を
命乞いも叶わず首をはねられたので供養仏が残っています。

IMG_3146.jpg

IMG_3155.jpg

熊野街道と重複する区間を経て田丸城下へ。
ほぼ県道に沿って進んでいきます。

冬の街道歩きは日暮れとの戦いです。
16時には薄暗くなってくるので自然と早足になります。

IMG_3164.jpg

左前方に田丸城が見えてきました。

張りぼてで作られた天守閣があるのですが
夜はライトアップをしていて意外といけるもんです。

城下に入るとクランク状の道筋が続きます。

IMG_1038.JPG

IMG_3173.jpg

IMG_3180.jpg

ゴール地点には立派な道標。
右に曲がると伊勢本街道。左は田丸城です。

実に立派な紀州街道の文字に萌えました。



 
posted by にゃおすけ at 15:48 | Comment(2) | TrackBack(0) | 伊勢への街道 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
亀岡街道のブログにコメント欄がないのでここに書き込みます。
亀岡街道の記事を見て、先週末に亀岡駅〜余野〜茨木〜高麗橋のコースを走ってきました。
地図付きの案内は素晴らしいです。
道は今もいい雰囲気で感心しています。

亀岡から大阪へは、このコースの東側の桜峠、東別院、清阪峠、忍頂寺、福井のコースを走ったことがあるのですが、今回のコースは新鮮でした。
このコースはどうやって見つけたのでしょうか、自由に設定したのでしょうか。お手数ですが教えて下さい。
Posted by 森塚良郎 at 2016年06月03日 11:29
 
森塚さんはじめまして。
歩いたのは4年も前ですので記憶が曖昧ですが、
先人の方々のサイトや本などを参考にしていたと思います。
ルート自体は古地図や航空写真も使って調べているので
自由きままにといったものではありません。

大阪から亀岡へと続く道は複数存在しています。
紹介した亀岡街道はその中の1ルートの存在にすぎないので
そのあたりご理解いただければ幸いです。
コメントありがとうございます。
Posted by にゃおすjけ at 2016年06月03日 14:33
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/438542674

この記事へのトラックバック