2016年07月01日

西国街道その19・厚東駅→厚狭駅

ゴールまであと一歩に迫りました。

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

真冬の山陽地方は山陰と違って
晴れの日が多くて歩くには良い気候です。

ただし日が短いので長距離歩きの計画は難しく、
今回は厚狭から先の交通の便を考慮して
いつもより短い行程になりました。

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国道より一つ中に入った場所にある旧道。
家の裏手は何気ない生活道路に見えるのですが
実は「吉見市」という市があった場所。

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ゆえに厚東駅周辺の中心地だったわけですが
かつての面影はほとんど残っていません。

吉見市と書かれた石標は嬉しいですね。

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新幹線の高架をくぐって旧道を進みます。

見晴らし良好!
空気が澄んでいるのて遠くまで見えます。

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農道のような道を過ぎると藪が酷い状態でした。
左の国道に合流しないといけないのですが
小川があって橋がなく渡ることができません。

写真で見ても結構な谷です。

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廃道を進んでいくと徒渡りできる場所があったので
なんとか対岸に渡ることができました。

この先は車道を歩いていくわけですが
さすがは国道2号線だけあって交通量がスゴイ。

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昔は上のような感じだったのでしょうが
歩道がない国道は現代の難所といえます。

やがて吉見峠。
ここまで結構な山間を通ってきたのですが
意外なことに標高は90m程しかありません。

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船木宿。
入口に岡崎八幡宮の大きな鳥居が立ちます。

もともとは群の中心地だったのですが
鉄道が宇部を経由したことで求心力が低下して
明治以降の中心は厚狭へと移ってしまっています。

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船木は江戸時代の初期から石炭が採掘されて
宿場としても「代官所」「お茶屋」があって重要な場所でした。
駅馬は15頭と人足は十数人が用意されていました。

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船木の由来は大木森住吉宮から。
神功皇后が軍船を作るためにここの楠を切られたとのこと。

宮前の大きな常夜灯が実に印象的でした。

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銭ケ原交差点の先にある旧道の痕跡。

一見すると田んぼの畦道に見えるのですが
畦道にしては妙に広くて路盤がしっかりしています。
草道として残ってるのはポイント高いですね。

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先にある旧道に石畳が残っていました。
千林尼が托鉢によって集めた浄財で作られたそうです。

昔の写真を見ると一面に敷かれてるのですが
大部分がアスファルトの下に埋められてしまっています。

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さらに旧道を進んで西見峠。
埴生田堤沿いに進むと厚狭の町に入ります。

なかなか静かな家並みです。

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厚狭駅前でゴールとしました。
付近は整然とした区画になっていますが
これは条里制の遺構なんだそうです。


  
  
posted by にゃおすけ at 10:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 西国街道(山陽道) | 更新情報をチェックする
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