2016年11月04日

北国街道その18・矢代宿→田中宿

春うららな道中。
難所が2つもある大変な区間です。

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

放射冷却で極寒だった屋代駅前。
大阪からの夜行バスで長野入りしました。

ちょうど桜が満開でした。

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元禄年間に作られた寂蒔(じゃくまく)の土手。
千曲川の水害から守るためのものです。

しばらく千曲川と平行していきますが
このような水害対策を随所で見かけることができます。

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戸倉宿は下戸倉宿と上戸倉宿と分かれていて
2つで1つの役割を持っていた合宿でした。

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下戸倉宿の「下の酒屋」

今や戸倉といえば温泉で有名ですが、
歴史は意外と浅くて明治になってからのもの。
温泉が出来たことによって駅の誘致に成功しています。

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本陣である「上の酒屋」は碑のみが残ります。

戸倉宿は加賀藩の参勤交代では使用されず
一般の庶民や武士の利用が多かったといいます。

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少し離れた場所にあるのが上戸倉宿。

下戸倉宿が国道沿いにあるのに対して
1つ中に入っているので静かな雰囲気です。
月のうち22日から末日の間が宿場業務に当たっていました。

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国道18号だけあって交通量は多めです。
おかげでコンビニが点々とあって助かりました。

遠くには次なる難所の横吹八丁が見えてきました。

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特長的な岩井堂山を千曲川越しに眺める場所に
有名な笄(こうがい)の渡しがありました。

村上義清公の居城の葛尾城が陥落した際に
奥方が逃げ延びる話から名づけられたものです。

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横吹八丁とは次の坂木宿の手前にある難所です。

千曲川が真横に迫る場所で逆側には大きな崖。
これを避けるために山の中腹を迂回していく道筋でした。
ちなみに現在の国道の場所は江戸時代は川の中になります。

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江戸時代の横吹八丁は廃道になっている

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明治になって技術が発達したおかげで
崖沿いに国道を通すことが可能になったわけですが
通す際の条件として旧来の道も残すというのがありました。

ところが長い年月が経った現在は崩落が多くて
一部を除いて残念ながら消滅してしまったのですが
最近になって復活の動きがあるみたいです。

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上の写真は旧道の痕跡の一部で「つるし仏」付近。
元々あった仏様は近くの寺に移設されています。

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坂木宿に入ります。
西の桝形には大きな善光寺常夜灯が立っていました。

広々とした道幅は中央に水路があった名残です。

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越屋根の家々が立ち並ぶメインストリート。

坂木は元々は葛尾城の城下町で
城主だった村上氏の史跡が数多く残ります。

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本陣跡に建つふるさと歴史館には宿場の展示があります。
古写真がいっぱいあって新旧の対比が楽しめました。

入り口にある本陣門は土蔵風の作りで一風変わっています。
元々は陣屋にあったものを移設してきたものだそうです。

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坂城駅には169系電車が保存されていました

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坂木宿はまだまだ続きます。

当初の宿場の範囲は横町と立町だけだったのですが
参勤交代などで通行が多くなっていくと
新たに新町と大門町が追加されていきます。

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中之条集落から振り返っての眺め。
横吹八丁がよく見えています。

中之条は陣屋があった場所で
元々坂木宿にあったものが大火で移ってきています。

この周辺の江戸時代の特産品というと「玄古たばこ」
”たばこ”と大きく書かれた碑がありました。

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青空に桜が映えます。

続いては間の宿である「鼠宿」
この変わった名前の説は幾つかあるのですが
一番有力なのは関所のような場所であったことから
寝ずに番をする(寝不見)からきてるみたいです。

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明治天皇小休止跡。

鼠宿は松代藩が設けた間の宿で
本陣や旅籠などは作られず茶屋があった程度でしたが
この先にある難所「六寸街道の切通し」が控えてることもあって
泊まる人が多くて坂木宿から苦情が絶えなかったそうです。

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左の窪みが切通し

さて、「六寸街道の切通し」です。
先ほどの横吹八丁よりは道筋がよく残ってます。

険しい崖になっていて国道から上を見上げると
切通しの部分を確認することができます。

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現在の国道は明治に作られた道です。
その横には遊歩道は街道っぽく整備されてますが
騙されてはいけません。元は旧信越本線の線路跡です。

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切通しへ行くには斜めに上っていく小道を利用します。

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殿様も籠から降りて歩いたというのも納得できるほど
道幅が狭く崖になってるところがあって大変危険です。

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こちらが切通し=江戸時代の道筋

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しかしながら切通しからの眺めは大変素晴らしいもので
天候が良ければ寄ってみる価値はあります。

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再び地平に下りて崖沿いにそった旧道を進むと
良質な水で有名な塩尻地区へと入ります。

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塩尻の名前は高田塩と倉賀野塩の終着地だったことから。
狭い旧道沿いに風情溢れる町並みが広がっています。

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右、北国街道。左、さくば道。

さくば(柵場)道とは農道の意味だそうで
佐久のことかと思ったのですがどうも違うようです。

大河ドラマで賑わう上田城下に入ります。

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城下の道筋は他の街道と同じく、
本丸を避けるように周辺を囲む形で進んでいます。

外堀の役目もあった川には立派な石積みがありました。

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柳町。

古い家が残る良い通りです。
夜には行灯でのライトアップがありました。

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観光客向けの施設があるので人通りが多く
馬篭宿のような賑わいを感じました。

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原町を過ぎ本陣のあった海野町へ。

海野町は真田昌幸が自身が海野氏の後継者である事を示すため
海野宿一帯の住民や寺院を上田城下に招いて住まわせています。
元々の海野の村は今は本海野と呼ばれています。

上田城は桜の時期は昼も夜も大賑わいです。
いわゆる千本桜というもので夜はライトアップがされていました。

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信濃国総社と推定されている科野大宮社過ぎると
上田城下と別れ千曲川の河岸段丘上を進んでいきます。

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神川。第一次上田合戦(神川合戦)の地。
左側に真田軍、右側に徳川軍が対峙していました。

橋を渡った先にあった旧道は見事な草道が残ります。

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岩下は明治天皇が小休止された場所で
元々は間の宿のような役割があったものと思われます。

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ここにあった大きな岩が太鼓岩。
増水時には水が当たると太鼓のように音がなるみたいです。
岩へは伊勢湾台風まで吊り橋で渡ることが出来たのですが
台風の直前になって撤去されて塔だけが残ります。

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大屋駅を過ぎると今回のクライマックス海野宿です。
宿場のだいぶ手前から道路が広くなって水路が流れて
なかなかの雰囲気があります。

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海野宿。

雰囲気抜群ですね。
それほど観光地化されていないせいか
素晴らしい割には人出が少なくゆっくりできました。

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江戸時代は花見というと梅です。
立ち木も柳が多かったので相当昔を意識しています。

やっぱ江戸時代の町並みはこうでなくっちゃ。
これがソメイヨシノだったりすると少しガッカリします。

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うだつの立派な家々。
隣接する田中宿が寛保2年の大洪水の被害があってからは
本陣が移ってきて大変な賑わいがありました。

明治に入って宿場機能が失われてからは
養蚕を営むようになってきています。

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今回のゴールの田中宿。
なかなか盛りだくさんな道中でした。



 
posted by にゃおすけ at 15:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 北国街道(北陸道) | 更新情報をチェックする
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