めざせっ!赤福氷っ!
↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。
神戸宿の端までくると
こんな巨大な常夜灯が立ってました。
東海道では常夜灯といえば
秋葉山のが圧倒的に多かったのですが
「豊国祈願」とか日本全体を祈るものが
多くなってきている気がします。
旧道がいい感じで続きます。
やがて、白子宿に到着。
近鉄特急の停車駅でもあり
鈴鹿サーキットのアクセス駅でもあって
比較的大きな田舎の町という
イメージしかなかったんですが
駅の南側の街道を歩いてみるとー
実に良い風情が広がってました。
海岸に近く
潮の香りがぷーんとしてくる箇所も。
思わず泳ぎたい気分♪
宿の出入り口には
大きな”枡形”も健在。
道が狭いということは
道路拡幅をせず昔のまま。
歩いてると
やっぱ嬉しくなりますねぇ。
ただし車には要注意です(^^;
白子宿の西の端は
お寺の辺りで細い道になり
それはまるで迷路のよう・・・
それにも関らず
一切、伊勢街道の看板はなし!
たよりは
事前にルートをマッピングしてきた
iPadの地図を見ることと、
昔の道しるべがとても役に立ちました。
「みぎ、さんぐうみち」
こう書いてある方向へ進みます。
近鉄の踏切を渡り、
川沿いの堤防を進みー
国道23号のバイパス道も歩きます。
次の宿場町は上野宿。
その手前で
なんと土砂降りの雨が降ってきました。
よくよく考えると
まだ梅雨の季節・・・(7/3に歩きました)
雨は仕方のないところです。
ザーっと、降ってくれたおかげで
とても涼しく少し快適に♪
上野宿は立場のような雰囲気。
宿場自体は小さいけれど
枡形が3カ所もありなかなか立派。
伊勢上野城跡。
大河ドラマ「江」で一躍有名になりましたねぇ。
この辺り「江」ののぼりがいっぱい〜
上野宿を出ても雨は降ったりやんだり。
こういう天候は1番困りますねぇ・・・
雨合羽を3度も脱いだり着たり
街中でこれはやや恥ずかしい^^;
やがて、江戸橋。
欄干が木造の雰囲気ある橋です。
津の藩主が江戸へ行く時に
ここまで見送りがあったという所から
この名前がついたそうですねー。
津宿。
おそらく
1番短い名前の宿場でしょうか。
城もあり城下町でもあるこの町。
古い遺構が多く残ってそうですが
ほとんどは空襲で燃えちゃったそうです。
津市では7回にわたる空襲があったそうで
焼失面積が市街地の8割にも及ぶ
全国でもまれに見る被害。
古い建物が残っていない辺り
被害の凄まじさを想像できます・・・。
津観音のあたりのアーケドでは
今晩、夏祭りがあるからか
朝から準備で大忙し♪
活気溢れる光景は
見ていて気持ちいいですねぇ。
市街地を進み
JRの踏切を渡ると
狭い道路に入っていきます。
伊勢街道の表示案内板は
ほとんど皆無に等しいのですけども
道の雰囲気は紛れもない街道。
ウネウネした感じやら
枡形と思われる屈曲した部分やら
観察してるといろんな発見があります。
高茶屋立場を過ぎ雲出宿へ。
本陣跡の看板はないのですが
明治天皇の休憩したという石碑を発見っ!
石碑は撮り忘れてしまいました(^^;
明治の世は幕府の時代から
天皇の時代になって影響力を
市民に知らせる意味もあって
明治天皇の石碑をみかけます。
今の時代、
本陣がどの辺りだったのか
凄い手がかりになったりするんで
なんともありがたいものです。
雲出川の手前に大きな灯籠。
昔は細い木橋が
渡されていたそうですねー。
川を渡り北海道の名付け親と言われる
松浦武四郎の記念館があります。
一言で言うなら冒険家です。
北海道をくまなく回ってー
今の時代でも大変なのに
徒歩というから驚きですよね。
しかも1日に80キロも歩く時があったそうで
自分の40キロとは比べ物になりません(^^;
この辺りから
所々、古い建物が増えてきます。
追分にでっかい道しるべ。
この先、何ヶ所か見かけますが
どれも大きいものばかり。
いかに伊勢街道は
多くの人が歩いたのかわかります。
次の宿場は松阪宿ですが
その手前に市場庄があります。
雰囲気ある町並み
観光地になってないので
とっても静か・・・
人々の営みを感じる町並みは
まさに生きてるって感じがします。
長い塀のある屋敷。
大きい長屋門。
そして車も少ない通り。
時間がゆっくり流れていました。
枡形をすぎると
いよいよ松阪宿内へ。
それにしても古い家がよく残ってます。
ただ、その風情も町並み館まで。
その先は残念ながら普通の街な雰囲気でした。
そそ、今回、ひしゃくを持って歩きました。
当時の人は持ってる人を見かけると
その中にお金を入れて代わりに参ってくれ!
という風習だったんですけどもー
なんもなかったデス(^^;
雨が降りそうだったので
予定より早めて終了ー。
近場の街道歩きは臨機応変で
のんびりってのがいいです〜♪