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富士見の一里塚。
片側だけですが実に立派な風貌。
耳を澄ませると
カッコウの声が聞こえたりと
まるでトレッキング気分です。
ブナの木の木漏れ日の中を。
静かな山の中の旧道を進みます。
やがて赤松の大群が出てきました。
江戸時代に植えられた防風松だそうです。
防風松が出来るまでは
この辺りは何も育たなかったそうな。
俗に言う湿地帯だったのでしょう。
風の凄さが
松のたわみ具合でよくわかりますよね。
水田に映る山々が美しい。
6月とは思えない爽やかな天気。
前日まで天気予報で雨だったのに(^^;
やがて、坂に広がる集落が現れます。
瀬沢の集落です。
元は茶屋が集まっていたのでしょうか。
雰囲気ある立派な家が今も立ち並んでいます。
アスファルトの下の石垣。
こうして目線を下げて道を見て見ると
いろんな発見があるものでー
ここも掘ってみると
遺構がありそうな雰囲気ですよね。
川を渡ります。
その名も立場川。
この先も国道より上の高台を歩く形に。
川の氾濫の影響から避けるためだったのでしょう
緩やかなアップダウンのある道を進みます。
時期的にアジサイかなと思ったら
ここの人に聞くと「大手鞠」という花らしい。
蔦木宿が近づいてきました。
宿の手前には立派な枡形が健在。
その先の川を見てみると
大きな古い堤防が続いているのがわかります。
これは「信玄堤」と言われる代物です。
今もこうやって残ってるのは凄いですよね。
蔦木宿は国道が真ん中を通ってる形です。
各家々には屋号を書いた看板が付いてました。
蔦木宿を観光で売り出そうとした当時、
ここに住む人もまだ多かったそうなのですが
今は過疎化で人もだいぶ減ったという話を聞きました。
たしかに
建っている家を見てみると・・・
空き家が多いような。
蔦木宿は反対側の出口にも
立派な枡形が健在でした。
この先、少し山沿いに針路を向け
右下に道の駅を眼下に見ながら行くとー。
やがて国境にある「国界橋」
ここは街道ウォーカーにとって難所です(^^;
猿よけの電流ネットが行く手を阻んでいるのですが
電流は7000Vも流れていたりします。
ちなみに、開け方は
上の棒を少し持ち上げて
横にずらすという方法になっていました。
その先はしばらく草道になっていました。
昔は国道だった風情がたっぷり。
猿よけの電流ネットがあるぐらいなので
この辺りは猿の大群が結構いるそうです。
旧道の一本道を
たんたんと下っていきます。
坂になっているので
側溝の水の流れが速い。
しかも水量豊富な上、綺麗なので
見ていてとても癒されました。
教来石宿。
本陣辺りは国道に面していて
あまり面影が残ってないのは残念なところ。
でも、本陣前後の旧道の区間には
良い雰囲気の家が多く残っていました。
高台から眺める水田風景。
明治天皇もこの時期に
田植え観覧があったそうです。
さて、記事が長くなりました。
続きは次回に。