2016年03月03日

伊勢南街道その2・名手宿→橋本宿

紀ノ川の河岸段丘上を東へ。

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

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名手宿の本陣前。

緩やかな坂道が町中にあって
なんとも言えない風情が漂っています。

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このような昔ながらの光景が残っているのは
伊勢南街道(大和街道)の紀ノ川沿いの特長です。
国道(新道)が比較的早い時期に作られた影響から
旧街道は良い意味で取り残された感じになっています。

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すっきりしない天気。

結局最後まで雨は降られませんでしたが
なんとも梅雨らしい道中でした。

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西笠田駅付近。
ここで父鬼街道(大阪南部から和歌山方面ルート)と合流します。

元々の追分はJRの跨線橋付近らしいのですが
川によって分断されてしまっています。

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迂回した先にあった旧道がこちら。
路盤がしっかり残っていていい感じです。

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ふと平行している紀ノ川の流れを見てみると
山が迫ってる関係で川幅が狭くなってきています。

平地部分が少なくなり、
地盤が安定している高台を進んでいきます。

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果樹園が広がる光景。
梅や桃の農家が多く和歌山らしい景色です。

笠田の集落へと入っていきます。
読み方は「かせだ」。

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ここでは父鬼街道(大阪南部から高野山方面ルート)が合流します。

町中で見かける「丁」の町名表記。
笠田も和歌山市街地と同じように「丁」表記になっています。

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大きな大木は笠田のシンボル的存在。

十五社の楠は近畿一の大木といわれていて
幹周りは驚くことに13.5mもあります。

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上の分岐点は大いに悩みました。

今回の行程では「歴史の道調査報告書」を参考にしてるのですが
現地の案内標識(歴史街道)では右をさしていています。

「歴史の道調査報告書」によれば
ここは高野の辻とあって追分になってるのですが
先に続いてる道筋を見てると歴史街道の「右」が正解な気がします。

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こういう悩む場所は両方歩くわけですが
その最中、痛い目にあってしまいました。

いつものように手を前後に振って歩いていると
サボテンが左の手の指に勢いよく激突。
長くトゲが食い込んでしまい大変でした。

民家の軒先に植わっていたものだったのですが
人が通る場所にこういうのを置いておくのは考えものです。

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妙寺付近。

江戸時代からの七郷井と呼ばれる用水路沿いに進みます。

この付近の特長としては水路の上に家が立っていることで
建築基準法が厳しくなった今は珍しい存在です。

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この辺りの紀ノ川の流れ。
先ほどより少し広くなってきました。
この辺りの家並みも実に良かったです。

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こういうガイドブックに載ってない場所を
発見したときの嬉しさは街道歩きの醍醐味です。

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立派な道標には
左は伊勢、右は高野山ですよ的なことが書かれています。

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高野口(名倉)の集落。

高野口は明治の半ばに現JR和歌山線が開通するわけですが
現南海高野線が開通までは大変な賑わいがありました。

高野山への表玄関としての役割があって
駅前には木造三階建ての大きな宿が残っていたり、
道筋には立派な家があって往時をしのぶことができます。

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このババタレ坂は駅に向かって荷物を運ぶ際に
牛や馬がよく糞を垂れたことからつけられています。

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古くからあった廃寺の跡を過ぎて
一里塚の跡を過ぎると橋本市街地です。

橋本宿は大阪からの高野街道との接点だったので
ここまであった宿場とは規模が違います。

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高野街道の追分に立つ道標。
交通の要衝だっただけに立派なものです。

現在の橋本も交通の要衝であることは変わりなく、
南海電車が大阪への足として走っています。

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かつては紀州御殿もあったそうです。
旧街道沿いは昔ながらの家並みが広がっています。

次回は奈良県へと入っていきます。


  
posted by にゃおすけ at 19:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 伊勢への街道 | 更新情報をチェックする