2020年10月09日

『街道歩きのススメ』歩きながら何を考えてる?

歩きながら何を考えてるのかー。
これは人によってそれぞれとは思いますが、
大体は以下の3点ではないでしょうか。

・ここの景色が綺麗だな等の視覚的なこと
・足が痛い、お腹が空いた、暑い寒い等の体力的なこと
・次のポイントはどこか等の目標的なこと


長距離を歩く街道歩きというジャンルでも、
ハイキングや登山と共通する部分が多いと思います。
でも、大きく違うのは歴史が絡むところでしょう。

普段、歩いてる道でも歴史を考えて歩くと
見えてくるものが随分と違ってきます。
昔の地図を見て現在との対比を楽しんでみたり、
地域の歴史を調べておけば現地をより深く楽しめたり、
手間をかければかけるほど充実した歩きになるでしょう。

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1日に何十キロも歩く街道歩きの場合となると、
逆にそういう楽しさがないと飽きがきてしまうものです。
妻籠馬籠のような雰囲気の良い場所ばかりではありません。
大抵はアスファルト道を延々に歩くことが多いのです。

そこで、もう少し掘り下げて
私自身は何を考えて歩いてるかを紹介していきます。

★隠れた旧道はあるのかないのか

ガイド本に示された道や事前調査したルートは
念入りに調べたものであっても100%ではありません。
やはり現地を見ないことにはわからない部分があります。

たとえば、直線道路上にある駐車スペース。
旧道を直線化することで生まれた廃道を活かした例ですが、
こういう細かい部分は本に載っていないことが多いのです。

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★道標はあるかないか

元々の場所から移動してる場合が多いですが、
稀に民家の庭石になったり放置してたりするもので、
ある可能性が高い旧道同士の追分では要チェックです。

道標は長い年月から半分以上埋まっているものもあり、
何気ない石でも実は!という発見があります。

また、道標ではないですが大正時代に置かれた道路元標は、
かつての地域の中心を知る手がかりといえるもので、
町の発展の歴史を感じることができるものといえます。

★石仏の年代はどうなっているか

道中で見かける石仏は古い年代であるほど、
前面の道路は古くからの道である可能性が高いものです。
逆に、長い距離を歩いても石仏が出てこないとなると、
ここが本当に旧道なのか不安になったりもします。

石仏の中には道標を兼ねたものがあります。
いわゆる「地蔵型道標」と呼ばれるものです。
仏様の両隣に地名が書かれていることが多いですが、
大きいものだと台座に書いてることがあります。

今の時代、赤い前掛けをする風習があるので、
道標部分が見えなくなっていることがよくあります。
ここは勇気を出して”めくって”見てみましょう。
そこには何かしらの文字があるかもしれません。

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★地名の由来はなんだろう

歩いていると不思議な地名と出会うことがあります。
地名は地域の代表なので適当に付けることは皆無に等しく、
何かしら意味があるものと考えるのが妥当でしょう。

例えば「一里山」は一里塚があった場所からですし、
有名な「渋谷」は谷になってる形状からです。
「〇〇尻」は河口部であることが多いですね。

地名には地域の歴史のヒントが隠されています。
今の時代は有難いことにスマホですぐに検索できるので、
地名に限らずとも気になるもの全てを対象として、
即ググって頭をスッキリさせることが多いです。

★道の構造など萌え視点もろもろ

峠道にあるような切通しがあれば、
そこをどうやって開削して通すことができたのか。
他にも石積み、路盤、橋梁、旧家など、
共通するのは昔の技術で完成させたという部分。

人力でよくぞここまで!
というのが個人的な萌え視点で
見かければ立ち止まることが多いですね。

他に萌え視点をあげるならば、
古い看板、珍しいマンホール、特徴的な地形でしょうか。

いずれにせよ、そういうのを見かけると
暫くは頭の中が幸福感に包まれます。

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さいごに

以上、いろいろ書いてきましたが、
街道歩き中にこれだけ色々と楽しめるのは
前もって調べたルートをスマホの中に入れておいて、
それを見ながら歩いてることが大きいものと思います。

限られた時間の中での道中においては、
ミスルートほど損失が大きいと言わざるえません。
もちろんミスルートすることでの発見もありますが、
街道歩きは何十キロ単位で歩くことが多いので、
ミスは体力の消耗を引き起こし、ゴールも気がかりになり、
今回書いたような楽しむ時間が減ってしまいます。

街道歩きでのミスルートは極力なくしていきたいものです。
それにはITの力が大いに役立つものと思います。

ではenjoy!街道歩き





posted by にゃおすけ at 14:55 | Comment(0) | 街道歩きテクニック | 更新情報をチェックする

2020年10月06日

紅葉を楽しめる多武峰街道・桜井→談山神社

多武峰街道は奈良の桜井を起点として
紅葉で有名な談山神社までを結ぶ道なのですが、
まず読み方が難読ですよね。「とうのみね」と読みます。



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伊勢街道(横大路)との追分。

桜井は町として発展するのは戦国時代になってからで、
この追分で市が開かれ次第に宿場町へと発展していきます。
今は何気ない普通の交差点に見える場所ですが、
かつて全国の町の中心部に置かれた道路元標があることを見ても
実は重要な歴史のある場所だったことがわかります。

桜井が大きく飛躍するキッカケになったのは、
明治からで吉野や宇陀の木材集積地になったことが要因です。

とはいえ、多武峰街道に関しては桜井の町以上の歴史があります。
それは最古の古道「山の辺の道」に繋がる道と言われるほどです。

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道路元標。櫻井町表記。

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片側だけ残るアーケード。かつて賑わう場所だったことがわかる。

街道沿いには歴史ある名所が点在しています。
桜井のいわれになった「桜の井」はその一つ。

若櫻神社の鳥居のあたりに復元されていますが、
今から約1600年前、履中天皇が井戸のほとりに桜を植えて
清水をめでたという話が残されています。

全国各地にある「井」と付く地名は、
井戸がいわれになってることが多いと思うのですが、
桜井の「井」は相当古い部類に入るかもしれませんね。

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桜の井

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歩みを進めていくと大きな立派な鳥居が現れます。
談山神社の北の入り口にあたる「一の鳥居」です。

この鳥居は1724年(享保9年)に建立されたもので、
よく見ると右側が少し欠けているように見えます。

かつて鳥居の周りには茶店などが立ち並び、
参拝者の良い休憩所になっていたといいます。
ところがその店の一つが火災になってしまいます。
ようするに火災の影響で欠けたというわけです。

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今は鳥居の右手に道がありますが、
旧道は鳥居をくぐっていたと考えるのが自然でしょう。
参拝者が鳥居を避けるなんてないでしょうし。

ここから先は町石(丁石)が約200mごとに見られます。
全部で52基作られたもので同一形状の板碑型をしています。
これが談山神社の摩尼輪塔まで続くのだから大したものです。

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設置は承応3年(1654)なので比較的古く、
そのせいか現存しているのが2/3程度しかありません。
場所によって200m以上の間隔が開いてる箇所があるので、
おそらく行方不明などで消滅してしまったのでしょう。

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聖林寺との分岐点に立つ道標。

聖林寺は奈良時代に建てられた談山神社の別院です。
国宝の十一観音菩薩が安置されているので
わざわざ寄り道して見る価値があるものと思います。
しかも、寺を建てたのは藤原鎌足の長男というから驚きです。

次第に川幅が狭くなっていきます。
勾配もきつくなってくると県道と合流します。

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紅葉の緑が綺麗なこと!

県道は狭く歩道がないので、
ゆっくり歩くなら今の時期がいいでしょうね。
これが紅葉シーズンだと交通量が多く大変でしょう。

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音羽山への分岐点には道標があります。

右、多むのミ子 左、お登者さん

奈良県の道標あつめブログ」を参考にしていますが、
この道標は難易度高めですね。でも、なんとなくはわかります。 
道標が指している行き先から推測できるからです。

昔は縁起担ぎファーストな時代でもあったので
好き勝手に由来と異なる漢字を充てていた印象があります。
現代は常用漢字表の枠内で考える頭になってしまっているので
合致しないものは「当て字」と解釈されることもあり、
読むにはウーンと悩ませ難しくしている理由かもしれません。

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不動の大岩。不動明王が祀られています。

横から見ると刀で切ったように両断されています。
慶長13年ごろに談山が鳴動したときに割れたと伝えられるもので
見る限りは人工的に割ったものでないのは明らかです。

半ば、伝説的な話なのかもしれませんが
あまりの切口の鋭さには一見の価値があります。

大岩のすぐ横には不動の滝があります。
着替え小屋があったので修行する人が多いのでしょう。

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屋形橋。この橋を渡れば談山神社の入り口です。

ここは街道の分岐点になってる場所で
吉野や和歌山、伊勢へも続く方面の道には
松尾芭蕉や本居宣長など多くの文化人も歩いたそうです。

屋形橋は寛政三年に初めて架けられたものですが
現在のは昭和五十四年に再建されたものです。
なので見た目は古くとも歩いて渡ることが可能です。

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東大門。辺りは寺のような雰囲気が漂います、
それもそのはず談山神社は明治まで妙楽寺という寺でした。

立派な門は紅葉とよく合いますね。
道沿いには城にあるような石積みがそびえ立ち、
それらを眺めながら最後の急こう配を上っていきます。

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摩尼輪塔(まにりんとう)。
談山神社が寺であったことの名残ですね。

乾元二年(1303年)の銘があり、上に笠石が置かれ、
円盤には「大日如来」の種子アークが刻まれています。

やがて、談山神社の門前町に入ります。
8時半の開門前に来れたので非常に静かな空間でした。

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さいごに。
 
一言で言い現わすならば
「短いながらも満足のいく街道!」です。

渓流、滝、町石、ほぼ全区間に渡る旧道、
程よい距離。そして、有名な談山神社。

これからの時期だと紅葉が加わります。
もっとも晩秋でなくとも緑の紅葉は癒されるもので、
マイナスイオンたっぷりな中を歩くことができるでしょう。

こういう街道をどんどん発掘していきたいですね。
主要街道から分岐する参詣道はとても魅力的です。

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posted by にゃおすけ at 10:48 | Comment(0) | 大阪近辺の街道 | 更新情報をチェックする

2020年10月02日

今まで乗った夜行列車を利用した旅

前にTwitterでそういうハッシュタグがあったので
過去に乗った列車を思い出してみました。

かつては数多くの夜行列車が走っていたわけですが
夜行バスの台頭、航空機の大衆化、車交通の利便性向上などで
現在はごく限られた列車のみの運行になっています。

夜行列車は気軽に安く旅ができることが利点でした。
夜に出発して朝には目的地に着くという便利さがあるほか、
周遊券など割引切符をうまく使えば宿代わりに使うことが可能で、
何日間も格安の旅を楽しむことができました。

これを夜行バスで同じことをやろうとすると
途中下車不可だったり、車内では自由に移動出来なかったり、
自由席がなく全席指定で事前に予約が必要な点からも
なかなか同じような旅をすることは難しいでしょう。


夜行列車「ながさき」の様子。旅情が半端ない。 Youtubeより

しかしながら夜行バスは数多くの行き先があるのが利点です。
夜行列車だと終点に着いても乗り継ぎが必要なことが多いですが、
バスは都心部へ直行してくれたり、登山口まで送ってくれたり、
利便的な意味では夜行列車より優れた点が多いのは確かです。
夜行バスが支持されている理由はこの便利さからで、
もちろん価格的に安いというのもあると思います。

対して、夜行列車は寝台料金がことのほか高いものでした。
もう少し安ければ今でも需要があったのではと素人ながら思いますが
車両の老朽化や人件費の面で安く出来ない理由があったのでしょう。

さて、今まで乗った夜行列車を順にあげていきます。
寝台と注意書きがない場合は座席車利用です。

急行 利尻
特急 オホーツク
特急 おおぞら
快速 ミッドナイト
急行 はまなす
急行 津軽
急行 八甲田
急行 きたぐに(寝台・座席共)
快速 ムーンライト
普通 新宿−上諏訪
普通 東京−大垣
急行 ちくま
特急 日本海(寝台)
普通 新大阪−新宮
急行 だいせん
とさ号(JR四国バス)夜行列車代替バス
いよ号(JR四国バス)夜行列車代替バス
特急 あかつき
特急 なは
特急 ドリームにちりん
急行 にちなん
特急 ドリームつばめ
急行 かいもん
快速 ムーンライト九州


懐かしい名前が続きますが
「ムーンライトながら」は乗った記憶がありません。
これらの中で北海道内完結の列車や九州内完結の列車と、
東北や北陸の列車はワイド周遊券で宿の代わりに重宝しました。
このお話はまた後ほど書いてみようと思います。

悲惨だった列車といえば、
熊本から大阪(京都)への臨時ムーンライト九州です。
18切符シーズンにも関わらず自由席は1両のみ。
15時から熊本駅で並ばないと座れないという列車でした。

私はなんとか座ることが出来たのですが
車内は阿鼻叫喚でご老人も通路に立つ始末。
大垣夜行の東京駅でのグリーン車争奪戦も悲惨なものでしたが
夜のやすらぎを求め皆早くから努力していた光景を見るに
当時はまだまだ昭和が残っていたんだなと思います。


個人で夜行列車を復活させたスーツ君の動画。大したものです。Youtubeより。




  

     
posted by にゃおすけ at 11:23 | Comment(2) | 懐かしい記憶 | 更新情報をチェックする