2021年04月12日

子供に街道をレクチャーするの巻

1人でも大変なのに子連れはさらにハードですが、
古くは中山道をベビーカーで踏破した方の話や、
Twitterの狐勇さん親子が歩かれてる姿を見てると
我が娘にも経験させたいと考えるようになりました。

そこで、街道講習会的なものをやってみました。

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どこに行くのか緊張する2人

街道歩きは過酷な面があります。
これは自分も身に染みてわかっていることなので
まずは歩くことを嫌いにならないようにしようと考えました。

そこで秘密兵器は”アイスクリーム”。
これをチラつかせて誘ってみたわけです。

まぁ、こんなことをせずとも
行きたい!となってくれれば今回の講習会は成功です。

ちなみに、この前の段階として
街道の写真を夜な夜な見せていました。

「すごいとこ歩いてるでしょー」
「こういうところが面白いよー」


娘もまんざらでもない様子。

ところが嫁がいらんことを言います。

「ただ歩いてるだけでしょ?」

途端に「行きたくなーい」となったわけでした。

そんなことで当日。
娘はポケモンGOが好きなことから
ポケふた”がある場所に街道はないかと考えたところ・・・。

ありました!龍田越奈良街道!

この道は大阪から奈良を結ぶ街道で、
現在のJR大和路線と同じようなルートを辿ります。

まずは最寄りの法隆寺駅に降り立ち、
”ポケふた”があることを確認するとテンションMAX!
娘の写真を撮る手が止まりません。

しめしめ。

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法隆寺周辺には5つのマンホールが置かれています

奈良の魅力ある街道風情が続く光景は
娘の目にはどのように写ってるのだろうと思いつつ、
萌えポイントを優しくレクチャーしながら進みます。

すると、道標があり説明していると、
なんとまあ嬉しそうにタッチするではないですか。

少しは興味を持ってくれているのかな?
自分も嬉しい気持ちからタッチすることがあるんで
きっと同じ気持ちなんでしょう。たぶん。

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しばらくすると下の娘が抱っこを要求してきたので
歩くスピードはスローペースとなり講習会は終了。

感想を聞くと「疲れた〜」のひとこと。

でも、ここですかさず返します。

「テンポよく歩ければしんどくないよ〜」

今回は下の娘も一緒だったので仕方ないとはいえ、
やはりスローで歩くのは自分もかなり疲れました。

「こんどは2人で歩こう!」

と、言うと、特に反応なし。
ただ、嫌とは言ってこなかったんでまずは成功でしょう。

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翌週は奈良の宇陀の町でもレクチャーしたのですが、
いつも見ているポストと違う丸ポストを見て、
触って喜んでる姿がありました。

どうやら古いものに関心をもってきた様子!?

街道歩きは気候の良い秋からになりそうですが、
街道を歩く楽しみが増えました。



  
posted by にゃおすけ at 09:49 | Comment(0) | 街道歩きテクニック | 更新情報をチェックする

2021年04月07日

古い参詣道の辻子谷越え(生駒山)その2

前回は興法寺の手前まで紹介しました。
石畳のある道を進みます。

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。
 
西の聖天さんである興法寺は役行者の開基とされ、
弘法大師が堂を建立されたと伝えられています。

中世においては戦火などで焼失の目にあいますが
本尊である十一面千手観世音菩薩は平安後期のもので
大阪府の有形文化財に指定になっています。

山桜や雑木の茂る古寺らしいたたづまい。
山の中でこのような雰囲気は癒されますね。

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ここから先はあれほどあった石仏は見なくなります。
道中で楽しませてくれていただけに寂しいものです。

峠まではあと少し。
やがて”らくらく登山道”と交差します。
これは言わば生駒山の高速道路のようなもので
誰でも歩きやすいよう整備された幅広の道です。

下の図を見てもらうとわかるように、
旧道と並行して共存しているのがわかります。
こういう場所では旧道を拡幅し吸収することが多いですが、
あえて旧道をそのまま残してくれた功績は大きいものです。

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地理院地図より(黒い破線が辻子谷道)

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視界が広がり大阪平野が見えてきます。

まもなく辻子峠!といきたいところですが、
一般のハイカーも歩いていたハイキングコースは、
峠へは向わず遊園地方向へと分かれてしまいます。

では、峠への道はというと、
入口は簡易バリケードで閉ざされていて、
その先は草木が生い茂った廃道になっています。

なぜ、廃道になってしまったのか。
それは生駒山を襲った昭和の水害が関係しています。
土砂崩れなど大きな被害を被ってしまったわけです。

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廃道区間を自己責任で歩いてみると
意外や意外、藪や倒木は少なくテーピングがあり、
GPSを見ながら迷うことなく歩くことが出来ました。

おそらく地元の有志による整備のおかげと思いますが、
その快適さは完全復活も夢ではないと思わせるものでした。

それでも、未だ閉鎖になっている理由は、
辻子谷越えが人気コースであるがゆえでしょうね。
さすがに土砂崩れ地帯を大勢で歩くのは危険ですし。

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峠にある江戸中期に作られた経塚はかなりの大きさです。
案内看板に宝山寺の文字があったので山域に入ったようです。

奈良側の廃道区間には丁石がいくつか見られました。
また所々に昭和前期ぐらいに作られた治水跡もあったので、
水害までは普通に皆さん歩いていたことと思います。
茶屋の跡もしくは畑の跡の石積みもありました。

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やがて廃道を抜け登山道と合流すると
ケーブルカーと並行し奈良盆地が見え始めます。

そしてその先にあるのが生駒の聖天さん宝山寺です。

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この日も多くの人が訪れていました。
さすがは年間300万人は訪れる場所です。

宝山寺。知られざる奈良の西側。
https://borabora.seesaa.net/article/477894387.html

詳細は以前書いた記事がありますので、
こちらを読んでいただければと思います。

この宝山寺をもって辻子谷越えは終わりですが、
奈良側からの宝山寺への道も気になりませんか?

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正面参道と呼ばれた道こそが奈良側のメインで、
近鉄生駒線菜畑方面へと抜けて南北の主要道と接続します。

あれ?生駒駅方向ではなかったの??
今の感覚では多くの人が思う疑問でしょう。

実は生駒駅周辺の発展は大軌の影響が大きいもので、
開通を機にどんどん人口が増えていきます。
それまでの生駒は小さな集落があるのみだったので、
参道を作る必要も需要もなかったのでしょうね。

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宝山寺からの帰りは新参道で生駒駅へと下りました。

大軌の開通が大正3年。
大勢の人を迎え入れるため立派な参道が作られます。
道中にある鳥居の年代はどれも同じような時期の建立で、
その大きさから当時の賑わいぶりがわかります。

しかしながら、大正7年にケーブルカーが開通すると
歩いて参拝する人は次第に減っていってしまいます。
ようするに一番輝いていたのは4年間だけだったのです。

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宝山寺は昔は遊郭があるほど遊び場としても有名でしたが
今の門前町は全体的に閑散としているように見えます。

せっかく来たのだから一泊して帰ろう!と思う人は
交通機関が発達した今の時代は少ないのかもしれませんね。
昔は大阪から丸1日かかったものが今は小1時間ですし。


【出典】
生駒の古道 生駒民俗会著
大阪の街道と道標 武藤 善一郎著 など


  
posted by にゃおすけ at 10:41 | Comment(0) | 大阪近辺の街道 | 更新情報をチェックする