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夏の朝は最高だろうなと思わせる
ザ・リゾート地の光景・・・
その中の街道筋には
名残の松があり萌えました。
軽井沢宿の中心部は”旧軽銀座”
普段は若者溢れる場所なんですが
朝早いので誰もいない。シーン。
まったく別の場所のような光景です。
宿場当時からの古い建物はなく
みんなオシャレ系な感じ。
でも、奥の方には
昔からの旅籠風の旅館があったり
お寺があったり情緒がありました。
さぁ、いよいよ碓氷峠です。
ここを越えれば関東なんですが
中山道の三大難所の1つだけに
そうそう簡単ではありません(^^;
勾配がキツくなり別荘地の横を通り
自然歩道の先の旧中山道に入るとー
なんじゃこりゃー!!
ほとんど廃道状態であります。
晩秋のこの時期は落ち葉が多く
滑りやすく落ち葉に埋もれた段差などで
ちょっと危険と思われる箇所も。
川には橋がなく徒歩渡り。
もっとも、登山道と思えば
いたって普通の道ではあるんですが
これが街道だったことを思うと驚きです。
ちなみに昔の道幅は
こんなに狭かったわけではありません。
少なくとも1m〜2mはあったでしょう。
別荘地の道と合流し舗装路に入り
さらに進むとまた同じ感じに。
今度は完全に崩れてるー。
少し迂回して通るんですが・・・
どこが道だかわかります?(^^;
自分の街道歩きの勘だけが
頼りになるところがありました。
わずかに残る踏み跡を頼りに、
進んで行くとやがて峠。
旧道の碓氷峠は車も少なく
静かな感じな上どこか神聖な感じ。
熊野神社には
信濃の国のいわれの科の木が。
実に立派!
パワースポットの看板もありました。
そして県内で一番古い狛犬は
どこか愛嬌のあるお顔。
ここからがいよいよ群馬県。
遠く上越の山々まで展望できました。
さぁ、下りに入ります。
少し下ると車道と別れるのですが
見た目は2叉路(実は真ん中にもう1本)の
分岐点があらわれます。
まっすぐの道は丁寧に
80m先行き止まりと書いてありー、
でも、いかにも街道っぽいんで
進んでみるとやはり行き止まりでした。
ここは素直に長坂道の方へ進みましょう(^^;
時間のロスを30分もしてしまいました。
細く狭い急坂を下ります。
雨が降ったら大変な道です。
当初は雪が積もっていたら
アイゼンで歩こうと思っていたんですが
ちょっととんでもないですね(^^;
地面がキラキラすると思ったら
霜柱を発見!!
この辺りはもう真冬です。
木の葉も完全に落ちていました。
熊笹に覆われた道を進むと
やがて川を渡ります。
看板にはこの地の説明が。
群馬県側には所々に案内看板があり
なんともうれしいものです。
ここから先は
少し道幅が広くなって
たんたんと下っていきますー。
でも
まるでクレパスのように
道が真ん中から割れてる所も。
謎の廃バスと廃自動車。
どこから来たのかー。
旧中山道の名物になってるようです。
きっと軽井沢からの和宮道経由で
来たものとは思うのですが・・・
木々の隙間から眺める
妙義山が美しい。
この辺りまで降りてくると
まずまずの紅葉がまだ楽しめました。
中山道の街道筋から少し離れると
一里塚が残ってました。
しかも2つとも健在。
古中山道時代のものなのでしょう。
覗(のぞき)という場所。
坂本宿の町並みがとてもよく見えます。
意外と峠から下ってくると
展望があまりよくないもので
(近年の植林のせいかと思うのですが)
ここはホントにほっとできる場所。
とても景色に癒されました。
覗から少し下ると
ゴロゴロした石がありました。
そしてまたもや急坂です。
この辺りが碓氷峠で
もっとも難所だった所のようです。
上を見上げると
今にも落ちてきそうな石がいっぱい><;
こういう危険箇所には
お地蔵さんや石仏が多いもので
この付近には多くのものがありました。
ここまで来るとあともう少し。
相変わらずの急坂を下り
やがて坂本宿に到着です。
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