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大阪からの信仰の道として
伊勢や信貴山などは歩いてきてるのですが
高野山も忘れてはいけない重要な道。
その最も西側に位置するのが
堺からの「西高野街道」です。
出発地は南海堺駅前。
途中までは以前歩いた竹内街道と
重複する区間を歩くことになります。
堺は昔は今以上に重要な都市でした。
港もあり鉄砲の町でもありー
この街道を利用して数多くの人が
高野山へ向かっていたのでしょうね。
市役所付近。
大小路は堺のメイン道路。
ベトナムの総領事館もあるあたり
今も重要な町であることを伺えます。
追分には寛政年間の道標が。
実はここから先にも
寛政年間に設置された道標が
いくつも健在しているのがわかります。
そのどれにも書かれてるのが
「高野山女人堂」の文字。
女人堂といえば高野山の入口に建ち
女性が行ける最終地点でした。
なので、行き先の表示は
奥の院ではなく全員が行ける女人堂が
ゴールとして書かれているのでしょうねぇ。
住宅街の中を進みます。
仁徳天皇陵古墳を横目に見て
南東の方角へー。
この南東の方角というのが
実は難儀なところでして・・・
堺から早朝から歩く時
ずっと太陽に向かう形になるんですよね。
晴れた日はめっちゃまぶしいので
サングラスがあった方が良いでしょう(^^;
中百舌鳥あたりまで来ました。
この辺りまではずっと平坦な道。
しかも旧道ばかりなので気楽気楽♪
そして平成に設置された
真新しい道標群。
ここが街道であると実感でき
なんとも嬉しいものです。
意外と「西高野街道」は
関西では有名な部類なほうみたいです。
堺市や大阪府のWebでは
ルートを公開してます。
実際、歩いていても
街道歩きとしては手ごろな20kmほど。
旧道が大部分で史跡も多し。
これから街道歩きを始める人には
ちょうど良い道でオススメできます。
ただ、そのルート図は
昔に忠実とはいかないようです。
例えば、大阪府立大学正門付近。
道路の舗装も色が変わってるのですが
本来は右に少し折れてまた合流という形。
(ルートマップをご確認ください)
もっとも、普通に歩く程度なら
特に問題ない部類だと思うのですが
忠実に歩きたい人は注意が必要でしょうねぇ。
そそ、堺市は町名の書き方が独特です。
「丁目」とは書かず「丁」で区切っています。
これは歴史的経緯があるようですね。
歴史ある堺ならではです。
白鷺あたりを過ぎると
じょじょに緩い勾配が始まります。
道は相変わらず旧道。
しかも交通量は少なく
良い雰囲気が続いています。
高野山への街道と最初に書きました。
ところが
道を行くうちに出会う道標を見ていると
いろんな脇道があるのを気づきます。
天野山金剛寺への道
(高野山は女人禁制なので女性に人気があった)
滝谷不動尊への道
そして、他の高野街道との合流など。
さらには高野山の先に目を向けると
熊野古道を経由して熊野三山へ。
そう考えるとかなりの重要な
信仰の道だったのがわかります。
標高がかなり高くなってきました。
田園風景が広がり遠く堺市役所方面を遠望。
おわり坂の辺りで若干のアップダウン。
進む方角にはこれから向かう
紀見峠が見えて良い感じです。
高野側から来ると
最後の坂と言う意味もあるのでしょうか。
実に今も残る歴史ある面白い地名です。
滝谷駅近く。
川のあたりの旧道ルート。
本来の道は真っ直ぐで川を渡っていたようです。
右手の道は多分明治以降の車道。
(ルートマップをご確認ください)
たんたんと旧道を進み、
中高野街道と交わるとゴールも近く。
市街地の中ばかり歩いてる感じでしたが
もう田舎の風情が出てきました。
石仏が多いのもこの街道の特徴でしょう。
ゴール手前にはこんな立派な石仏も。
やがてゴール。
東高野街道との追分にあたります。
京都から来る道なのでこれまた
いろんな人が利用したでしょうね。
河内長野は一大ジャンクション。
ここから先は一つになって高野街道として
高野山へ目指すことになります。
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五街道踏破お疲れ様でした。
行動力もさることながらそれに耐える脚力もすごいですね。
先日、西高野街道を堺東から河内長野まで歩きました。
大阪府の歴史街道ウォーキングマップでは大阪狭山市立郷土資料館がおわり坂の交差点付近にあると記載されていますが、現在は大阪狭山市立郷土資料館はその位置になく大阪府立狭山池博物館に併設されています。
ウォーキング中での大阪狭山市立郷土資料館で休憩や見学を考えられている方は気をつけてね。
本編とは関係ないこと書いてすみませんでした。
ウォーキングマップの情報は更新があまりなされてないようですから
こういう情報は歩く人にとってありがたいですね。
大阪狭山市立郷土資料館の件ですが、ホームページ掲載分については訂正文を加筆して、既存のマップについては次回の作成時に訂正しますって大阪府交通道路室からメールが来ました。
更新がいつかはわかりませんが、より良いものになってくれたらうれしいです。