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まず、ここにきてなぜ水戸街道なのか。
五街道ととも道中奉行を置かれたという
当時としては凄く大事な街道だったということや
そして、なんといっても水戸黄門。
テレビのほうは去年終わっちゃいましたが
水戸藩へ続く道ということで興味深く思っていました。
日本橋よりスタートします。
しばらくは日光街道と同じルートです。
いわば重複区間。千住宿から分岐します。
だったら、千住宿から歩けば・・・。
とも思ったのですが、まあ、せっかくなので(^^)
三越の大きいビル。
ビルとビルの間を歩いていきます。
そして、時折、スカイツリーが見えてきます。
今回の区間の見どころとしては
やっぱ、スカイツリーでしょうねぇ。
だんだん大きくなって遠ざかるにつれ小さくなる姿は
いろんな角度、情景のスカイツリーが見れていいですね。
しかも歩きなのでゆっくり堪能することができます。
横山町では
年に1回の呉服市が行なわれていました。
Tシャツ300円!!??
それにしても朝から凄い人でした(^^;
7月上旬のまだ梅雨真っ最中。
湿気が多い蒸し暑い中を歩いていきます。
やがて浅草橋。
ここより隅田川と並行して進みます。
浅草橋から眺めた光景。
屋形船がたむろしている感じは
なんとも江戸って感じで美しいっすね。
水戸まで108キロ!
単純に行けば3日で踏破できそうな距離です。
このちょうど良い距離感もいいですね。
どうじょう鍋の「駒形どぜう」の店を過ぎ
北海道物産館の店を過ぎるとー
(↑ここのソフトクリームは絶品!)
浅草、雷門。
それにしても凄い人!!
スカイツリーもこの辺ではこんなに大きく
いつも人が多いところなんですが
やっぱスカイツリー効果なのでしょうか、
多さに拍車がかかっている気がします。
東武の浅草駅の横を進んでいきます。
松屋百貨店。昔の壁に復元されてました。
中もそうですが実に味のある建物になりましたね。
回りを覆っていた化粧板を取っただけで
こんなにも変わるものとはー。
街道からスカイツリーの眺めは
言問橋からが一番良い感じでした。
思わず隅田川のほとりまで
寄り道してパチリ。
吉原が近くなり日本堤を過ぎます。
日本堤は当時結構な名所で
吉原へ遊びに通う江戸っ子たちで賑わったそうです。
南千住の歩道橋で線路を越えます。
そして、千住大橋を渡れば
最初の宿場町の千住宿。
そういえば、『おくのほそ道』の松尾芭蕉は
ここからスタートしたそうです。
千住宿の入口に立派な銅像がありました。
結構な長旅、
ここを出た時はふっくらしてたそうですが
大垣のゴールでは痩せていたそうな。
道中の過酷さがよくわかるエピソードですよね。
静かな旧道風情から
本陣に近づくにつれ商店街の様相に。
街中に宿場町のモニュメント多く
歩いていて実に楽しいー。
資料館のようなのが2ヶ所あったのもGood!
日光街道との追分。
ここを右へ。
やがて江戸時代になかった荒川にぶつかります。
今は川に分断されてしまっています。
1910年に工事が始まったそうなので
この辺りの荒川って意外と新しいものなんですね。
現代はこの川を橋で迂回せねばなりません・・・。
もう遠くなってしまったスカイツリー。
迂回した先にある旧道。
一気に雰囲気が変わり静かな感じです。
この辺りから
水戸街道の案内板が増え始めました。
特徴的な水戸橋。
水戸黄門の話があるこの橋も
震災の対策なのか上流へ移転。
古い橋はなくなってしまうのだそうです。
ほぼ道なりで亀有市街へ。
分岐もいくつかあったのですが
案内看板の通りに行くと迷いもありません。
今回は
環七との交差点をゴールとしました。
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