いつか違う方向へも行ってみたいー。
と、思うことがよくあります。
↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。
滋賀県は野洲。
しばらくは名前からして歴史ある
「祇王井川」に沿って進んでいきます。
真夏の街道歩き。いざスタート!
朝鮮人街道の名前。
ちょっと変わってますよね。
朝鮮通信使が通った道のことを
広義の意味でそう呼ばれていたようです。
現代では
今回の野洲〜鳥居本のみ。
街道名としてそう呼ばれています。
近江富士がよく見えます
静かな旧道が続く朝の街道風情。
「おいでやす」「おのりやす」
町名の野洲とかけてるのでしょうね。
この辺りはどちらかというと
京ことばに近いのかもしれません。
飛び出し坊やを守るお婆さん。
滋賀県はホント、
飛び出し坊やパラダイス。
朝鮮人街道の看板や道標が
道中ではよく見かけることが出来ました。
別名で中山道に対しての下街道と呼ばれたり
琵琶湖沿いなので浜街道、京街道など
いろんな呼び方があるようです。
昼からは炎天下になりましたが
午前中は6月のような陽気でした。
曇り空ははいい感じに日差しを遮ってくれます。
今回は秘密兵器の「日本手ぬぐい」を持参。
首の回りに巻いたり、
頭から後ろに垂らしたり、
どれもイイ感じで超涼しいー。
これから病みつきになりそうです(笑)
春には桜の名所になるような
桜並木の中を進んでいきます。
木々の間から見える水田風景。
スクスク育っている姿を見ていると
ご当地米を買いたいなーといつも思います。
この辺りだと近江米ですねー。
日野川を渡ると十王の町並み。
川留め用の町だったのでしょうか、
良い感じの家並みが続きます。
家の前面の色が赤っぽいのは
まだまだ京都が近いということなのでしょうね。
犬やらいなど京風の家が多くあります。
八幡城の山が見えてくると
近江八幡市街に入ります。
右に曲がる箇所には
しっかりした道標も。
朝鮮通信使の一行は
本願寺で昼食を頂いたそうです。
近くで見ると結構な大きさです。
でも、この日は開門されてませんでしたorz
近江八幡は重伝地区に指定されていたりと
すごく雰囲気ある町並みが残っています。
ここでは3時間ほどの大休止。
詳しくは次回更新させてもらうとして
街道歩きの歩みを進めます。
近江八幡の市街の道筋は
城下町らしく曲がりに曲がっています。
郊外へ出ると
またまた水田風景が広がってきます。
良い感じの旧道らしい道筋。
八風街道との追分がありました。
これもいつか歩いてみたい・・・(^^;
八風街道はこの付近からすると伊勢への近道。
でも、江戸から見ると
この街道を通れば東海道や中山道を通るよりも
一番距離が短く京への近道だったという話です。
その街道との追分の少し前に
大きい常夜灯がありました。
大神宮の文字と講の文字。
まさに歴史の生き証人ですよね。
安土山と
観音寺城が近づいて来ました。
街道橋を越え旧道を東へ。
安土のゴールでは
あの信長公の銅像が出迎えてくれました。
次回は鳥居本を目指します。
【カテゴリ:その他の街道の関連記事】


私のページにおいで頂きありがとうございます。
貴ページは内容の濃く楽しく見させて頂きました。
私のページからリンクさせて頂きたいのですが・・・
訪問くださりありがとうございます。
こちらからも是非させてください。
僕の細道。ナイスネーミングですね^^