まずは安土の城下を進んでいきます。
↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。
城下というだけあって
結構入り組んでいる道筋です。
朝鮮人街道の看板があるのは心強い。
セミナリヨ跡。
いわゆるキリスト教の学校の跡ですね。
公園として整備されています。
下を見てみると
永楽通宝のマンホール。
こういう感じ。実に安土っぽい!
まさに安土は信長の町ですね。
安土城跡の横を街道が通っています。
少し前までは入場料は取らなかったのですが
いつの間にか500円になっていました。
今も残る石垣や天守台など
見るべきものは多いのですけども
天守閣がない山城で入場料を取ってるのって
もしかしたらココだけ・・・かも(^^;
城の先に小さな峠がありました。
北腰越えです。
旧道は草道もあり雰囲気満点。
でも、夏は藪がすごいですねー。そして蚊も。
怒りの飛び出し坊や。
観音寺城のちょうど裏側を進んでいきます。
上のような水場がありました。
首に巻いた日本手ぬぐいに水をかけ冷んやり〜。
ちなみにこの日の気温は36度でした(^^;
能登川の手前で街道は線路を渡ります。
そしてまた線路を渡って戻ってくるのですが
一見、曲がらなくて良いような場所でも
曲がりが多いのはこの街道の特徴かも。
朝鮮人街道は
集落と水田を縫うような形で
作られていったという話がありますが、
この能登川に関しては
将軍の上洛時の御殿があったということで
防犯の意味が結構あったのではと思います。
御殿も城のような構えで
今も石垣に名残りがあるみたいですね。
能登川駅の先で線路による分断。
踏切で迂回するとー、
日陰のない水田の中の道を突き進みます。
これが辛かった・・・(^^;
途中にある
消防署の軒で涼ませてもらったのですが
休んでいると署員が「どうしました!!!?」と。
熱中症だと思われたのでしょう。
鏡を見ると自分の顔がゆでタコのようでした(^^;
水田の中の道を終わると
次は小さな山の麓を縫うように進みます。
その中でも大きく見えるのが
「荒神山」
山への道の分岐には
今もしっかりした道標がありました。
きっと山に登ると
琵琶湖が綺麗に見えるでしょうねー。
水路のある道筋。
水の流れを見ながらの道中は
心が癒されますね。
36度!!!
この辺りは
鈴鹿山脈からの湧水がよく出るので
とても水が綺麗な感じです。
街道沿いに100名水のひとつ。
「十王村の名水」
この日も汲みに来られてる人がいました。
やっぱ、予想どおりの美味しさ。
そして冷んやり〜♪
いよいよ彦根の城下。
さっそく
ひこにゃんが出迎えてくれました。
朝鮮通信使の一行は彦根で1泊しています。
宗安寺というお寺です。
なかなか立派な作りですよね。
古い家が街道沿いに。
でも、空き地が多いですね・・・。
きっと道路拡幅の影響で取り壊されたのでしょう。
ちょこっと見える国宝彦根城
もう5年、いや3年早く歩いていたら・・・。
結構立派な町並みがあったのかもしれませんね。
彦根を越えると
いよいよ難所の佐和山越え。
でも・・・この通り。
今回はスルーしてトンネルでクリアしています。
ここはまたリベンジせねば。。。
やがて鳥居本。
中山道との追分がゴールです。
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