2013年02月19日

伊勢別街道・津→関宿

京都から伊勢へ行く最短ルート。
江戸時代は多くの人が利用したそうです。

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

今回は江戸橋から関宿に向けて歩きました。

道中の家の軒先に巣を作ったツバメたちが
元気に飛び回る姿があちこちに。子供もかわいい!

梅雨は蒸し蒸しするけれど
こういう楽しみがあっていいですね。

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都会ではあまり見なくなったものでも
街道沿いは今もよく見かけることができます。

今回のツバメにしろ古い看板にしろ、
あと、田植えのシーンとか。

懐かしさでいっぱいになります。

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寺内町である
「一身田」に寄り道してみました。

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高田本山専修寺。
環濠が今も残り良い町並みが広がります。

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町の中には街道筋ではないのですが
街道へ戻るための立派な道標があったりと
当時の人もこの町に寄り道したのでしょうね。

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一身田の駅を抜けると
大きな常夜灯がドーンと現れます。

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家の3階分はあるような大きさ。
書いてる字を見ると「江州」の文字。

江州は今の滋賀県になるのですが
当時の近江商人の凄さが伺えますよね。

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窪田宿の家並み。
本陣は明治天皇もこられたとか。

宿内は県道が真ん中を通って
往時の雰囲気はあまり感じれないのですが
本陣がこうして残ってるのは嬉しい限りです。

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じょじょに緩やかな坂になっていきます。

遠くには鈴鹿の山々。道にはアジサイ。
梅雨の晴れ間は空気も澄んで最高です。

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椋本宿。

大きな椋の木がこの宿のいわれ。

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枡形の角に建つ旅籠の”角屋”

伊勢講の看板がずらりと並ぶ店先。
往時の賑わいがなんとなく想像できそうです。

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車が通る県道から離れているおかげで
宿内はとても静かな空間が広がっていました。

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江戸時代に作られた
人工池に沿う形で街道は進みます。

蔵の壁も板張り。
伊勢に多い光景ですよね。

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昔、この辺りを走っていた
安濃鉄道の駅の跡がありました。

この近くに常夜灯を兼ねた道標が。
いや、道標を兼ねた常夜灯なのかも。

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その先には元は役場だった立派な建物が。

近年までは資料館だったそうですが
これから先どうするんでしょうか。
なんとか活用してもらいたいところですが。

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川を渡ると楠原宿。

古い家が立ち並んでいて
宿内は微妙に坂になっていました。

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雰囲気は東海道の坂下宿や
中山道の落谷宿のような感じに似てますね。

いかにも峠を目の前にした
宿場町といった感じです。

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名阪国道の下をくぐっていきます。

ここの交差点がめちゃ怖かった(^^;
信号も横断歩道もなし・・・。

もっとも
この辺りを歩いてる人は少ないのかな?
地元の人は車社会の印象を受けます。

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橋を渡りゴールの関宿。

伊勢神宮の一の鳥居が立ってました。
遷宮の時に伊勢の宇治橋から持ってくる
本物とのことです。いいね!鳥居。

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ゴールした時間は夕方。
観光客はもうほとんどいない状態で
ひっそりした宿場の風情を楽しめました。

  
  
posted by にゃおすけ at 22:50 | Comment(1) | TrackBack(0) | 伊勢への街道 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
三重県津市芸濃町椋本の角屋旅館は、平成25年12月に廃業されました。
Posted by まるごとみえ at 2016年03月09日 18:47
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