2013年04月24日

中高野街道・守口宿→河内長野

東海道の守口宿から河内長野へ。
大阪府の中心部を歩いていきます。

IMG_1302.JPG


↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

今回は久々の長距離歩きということで
始発でスタート地点へ向かいました。

都会なのに誰もいない。
早朝の空気感がなんともいいですね。

IMG_1307.JPG

IMG_1320.JPG

大阪市内でも
意外と旧道は残っていました。

市内中心部より
少し東寄りを通っているので
戦災の被害も少なかったのでしょう。

IMG_1347.JPG

IMG_1357.JPG

放出の町並み。

寝屋川を渡る”渡し”があったので
古くから賑わっていた町のようです。

今も往時の面影が残る
古い家がよく残っていました。

IMG_1359.JPG

IMG_1358.JPG

中高野街道の新しい道標。
こういうのがあると嬉しくなりますねー。

鶴見緑地が近くにあるこの付近は
別名で剣街道や放出街道とも呼ばれてます。

IMG_1370.JPG

IMG_1368.JPG

地元の人と話す機会があったのですが

地元の人「なにを写真撮ってるのですかー?」
にゃおすけ「街道の風情を撮っています(にこにこ)」
地元の人「おー、放出街道ですか!(きらーん)」

この辺りでは
どうも中高野街道というより
放出街道というほうが通じるのかもしれませんね。

ちなみに剣街道の名前の剣(つるぎ)は
阿遅速雄神社(別名:八剣神社)からきているそうで
鶴見”つるみ”の語源になっているのだとか。

IMG_1367.JPG

その阿遅速雄神社。

境内には大きな楠の木が植わっていました。
その横には”おかげ灯篭”も。

IMG_1364.JPG

IMG_1361.JPG

江戸時代、伊勢に行く人も
この道をよく利用されていたのでしょう。

IMG_1373.JPG

街道は東大阪市と大阪市の境を進んでいきます。
昔でいうと摂津の国と河内の国の境ですね。

景色は守口の都会→大阪市の住宅街から
町工場が多く立ち並ぶ感じになってきました。

IMG_1383.JPG

IMG_1406.JPG

布施のアーケードを過ぎ平野郷へ。

ここは環濠集落で有名です。
各街道の入口には祠があったり
環濠の跡があり実に見所がある町です。

IMG_1422.JPG

IMG_1418.JPG

街道と街道の交点にある”全興寺”

ここは地獄めぐりが出来ることで有名です。
境内にはかつて街道と街道の交点にあったと思われる
大きな道標が保管されていました。

IMG_1419.JPG

こういう彫りが深いのは特に萌えますね。

IMG_1434.JPG

IMG_1444.JPG

大和川を渡り大阪市と離れます。

架かってる橋の名は”高野大橋”
今に残る街道の名前ですね。

IMG_1455.JPG

IMG_1463.JPG

梅の花が咲き誇る”屯倉神社”

ちょうど梅を観る会なるものがやっていて
境内は賑わっていました。

たくさんの”しだれ梅”
その量の多さにちょっと感激。

IMG_1469.JPG

IMG_1483.JPG

IMG_1491.JPG

IMG_1509.JPG

河内松原を過ぎると
一気に光景は田園風景に。

そして、ため池が増えてきます。

IMG_1515.JPG

IMG_1530.JPG

狭山池がある大阪狭山市で
天王寺から来る”下高野街道”と合流。

IMG_1541.JPG

IMG_1542.JPG

ちなみに大阪狭山市は狭山藩で
城下町(陣屋町)だったのだそうです。

そのお殿様は小田原の北条氏の子孫。
意外なところで生き延びていたんですね。

IMG_1543.JPG

IMG_1572.JPG

IMG_1591.JPG

堺から来た西高野街道とも合流し
道はアップダウンが続く感じになっていきます。
山が近いことを実感させられますね。

それにしても
久々の長距離歩きの足にはこれが結構ツライ(^^;

IMG_1602.JPG

やがて京都からの東高野街道とも合流し
道標のある辺りでゴールとしました。

IMG_1605.JPG

ここからは下、西、東、今回の中と
全て合流して1つに高野街道として高野山を目指します。

次も長い35kmの道のり。めざせっ。金剛峰寺!



   
posted by にゃおすけ at 20:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 高野山への街道 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック