2013年06月12日

高野街道その1・河内長野→橋本

最後は一気に高野山まで!

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↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

スタートの河内長野。
まず驚いたのは自治体の街道への熱意。

あちらこちらに名所の案内板があったり
高野街道の行灯があったりと
心躍る演出が盛りだくさん。

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こういうのがあると
自然とテンションがあがりますね。

道には色が塗ってあり
そこが当時の街道であることを示しています。

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”かうや”の道標。高野山へ道を今も見守ってくれていました。

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河内長野はよく来る場所ですが
歩いてみないとわからないものですね。
僕が今まで思っていた町の印象が変わりました。

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三日市宿。

高札場が復活していました。
宿場らしい町並みが続きます。

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女人堂までの距離を示す石柱。
江戸時代の安政年間に建てられたものです。

堺の豪商が立てたものなので
堺から来る西高野街道沿いにあるのですが
今も全てが現存してるそうです。

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じょじょに登りが始まります。
国道の区間は歩道がない上に交通量が多い。

それだけだったらまだいいのですが
山道に入るのでカーブが多く見通しが悪い。

こういう場所はめっちゃ怖いですね。
恐る恐る前に進んでいきます。

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天見駅付近の旧道風情。

元は茅葺きだったであろう旧家が
連なって街道沿いに立っていました。

渓谷の若葉もまた美しいですね。

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紀見峠は大阪府と和歌山県の県境にあたります。

紀伊の国が見えることから
紀伊見峠ともいわれていたのだそうです。

今は舗装路をヘアピンカーブで登っていきますが
かつては川沿いの草道を登っていたのでしょう。

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峠の風情。

和歌山県側は結構旧道が残っているものですね。
静かな雰囲気も峠にピッタリ。

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遠くに高野山の山々が見えてきました。

はたして日暮れまでに辿りつけるのか?
なんだか気の遠くなるような遠さを感じました。

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橋本の手前では
和歌山と奈良を結ぶ”大和街道”と交差。

大きな古い道標に萌えました。

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紀ノ川の渡し付近の常夜灯。

かつては対になってもう1つあったのだそうです。
しかし洪水で流れてしまいもったいないですね。

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橋本の町のいわれになっている
橋を渡り紀ノ川の対岸へ進んでいきます。

今回は長いので2回に分けて書きます。
次はいよいよクライマックスです。


posted by にゃおすけ at 18:36 | Comment(2) | TrackBack(0) | 高野山への街道 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
電車で行く高野山も、遠いように思うのですが
ここを歩いて登るのはとても、体力、忍耐がいりますね。気が遠くなるような話です。絶対に出来ません。
Posted by 昔の at 2013年06月18日 11:39
河内長野から高野山は
さすがにきつかったですね(^^;

橋本から先の登り坂の連続では
日が暮れてはまずいと思い必死でした。
必死にだったので後半はあまり記憶がないです(笑)
Posted by にゃおすけ at 2013年06月18日 16:33
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