今回は中山道の五個荘とを結ぶ御代参街道です。
↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。
土山町は街道の観光整備に熱心です。
街道沿いの案内看板も実に豊富で気分を盛り上げてくれます。
御代参街道の看板もホラっ。
ちょっとカワイイでしょ?
この街道は伊勢神宮と彦根近くの多賀大社とセットで
お参りする風習があって大いに賑わっていました。
「お伊勢参らば お多賀へおいやれ お伊勢お多賀の子でござる」
ようするに、多賀神社の祭神が伊邪那岐・伊邪那美大神で、
この二神が成婚して伊勢神宮の祭神である天照大神を生んだ。
多賀はいわば天照大神のご両親というわけですね。
最初で最後の難所が笹尾峠
もう1つこの街道の特徴としては
伊勢と北陸を結ぶメインルートであるという点。
地図を見てみると
いかに便利なルートであったかよくわかります。
東海道の1つの脇街道だけじゃすまされない重要な街道でした。
上の道標は東海道との追分にあったものですが
『右北国多賀街道 日野八幡道』
このように北国の文字をチラホラ見ることができます。
また古い時代は
「いせみち」「たがみち」「いちみち」と呼ばれてたそうです。
梅雨の晴れ間の中を進んでいきます。
意外と蒸し暑くなく36kmの道のりも快適な道中でした。
そんな中、途中で問題が発生!
街道歩きでは行程や時計や地図など、
全て1つのiPhoneでまかなっているのですが
バッテリーと本体とを繋ぐ線が断線してしまい充電できない状態に。
結局ゴールでは残り10%で耐えてくれましたが
歩いてる時の電池切れは怖いものですね(^^;
さて、日野宿です。
近江商人の町でも家の形が外観的に普通なのが特徴です。
どこに金をかけていたのかというと家の中だったのだそうです。
「八幡表に日野裏」八幡とは近江八幡のことですが
建物1つをとってもお金のかけ方に違いがあって
外観に派手さは無くとも内面の凄さに感動させられます。
日野宿の外れにあった常夜灯を兼ねた道標。
土台に思いっきり「伊勢」の文字がかかれてますね。
常夜灯の横にあるバス停は「伊勢道」
今も残る街道の名残ですよね。
近江は米どころでもあります。
農地改良によって区画を整理された場所をよく見かけました。
古い街道はウネウネ通っているので農作業に効率が悪いのでしょう。
街道を崩し直線の代替路を作ってるの箇所を多く感じました。
八日市宿は
御代参街道の中で一番大きな宿場町。
古い家並みが長く続く街道筋。
静かな雰囲気でとてもいいものでした。
曲がり角にはこのような大きな道標も。
いつも思うのですが
伊勢へと続く道は常夜灯や道標などが
立派なのが実に多い気がしますね。
道標には作った人や年月がかかれてあるので
いわば広告塔の役割もあったのでしょう。
八日市宿の中心部には商店街の中を進みます。
立派なアーケードにもかかわらず
シャッターが下りてる店ばかりで寂しい限りです。
近年はクラブハリエのバウムクーヘンも人気ですよね。
街道を少し10mほど横に反れた場所にあります。
新幹線の高架橋が見えてきました。
あー、もう中山道と合流なんだと実感させれます。
中山道との追分には立派な道標が立っていました。
ちなみに
古い時代の追分は東へ300mいったあたりで
川の洪水対策で現在地へ移設になったのだそうです。
それにしても
久しぶりに見る中山道。
中山道を歩いた時の記憶が蘇ってきました。
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