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関宿はやっぱいい町並みですね。
どの建物も2階までの高さになっていて
空がとても広く感じます。
大和街道はこの関宿の西の端がスタートです。
この大和街道という名前。
古くは「加太越奈良道」と呼ばれていました。
いわゆる加太峠を経由して奈良に繋がる道。
かつて京が奈良(平城京)にあった頃は
この道が”東海道”の一部でもありました。
現代のこの街道沿いはというと
高速道路のような”名阪国道”が通っていて
鉄道も”JR関西本線”が走っています。
昔も今も大動脈というわけですね。
街道は旧国道25号線を川沿いに進んでいくと
次第に山深くなっていきます。
加太宿の集落。
静かな農村といった風情です。
でも、他の宿場とはちょっと違う雰囲気。
耳をすませると名阪国道の車の音。
さぞ夜はうるさいことでしょう。
一部残っていたかつての街道の痕跡。
川を渡る橋は洪水のときは流れるという”流れ橋”でした。
今回、三重県発行のウォーキングマップで歩いています。
マップによると当該箇所は消滅してるということでしたが
山道の区間も意外と踏み跡がしっかりしていて
普通に越えることが出来て嬉しい誤算です。
藪漕ぎを覚悟していたんですけどね(^^;
板屋の集落の先にあったのは
JR関西本線の立派な煉瓦の跨道橋。
明治期に立てられた立派な構造物です。
今は1つのローカル線になっている関西本線ですが
こういった構造物を目の前にすると重要路線だったことがわかります。
沿道に点在するお地蔵さん。
不思議と首元で真っ二つなのが多かった気がします。
明治期の廃仏稀釈の影響なのでしょうか。
旧国道25号線は短区間ですがダート道になりました。
二桁国道なのにダートは初めての体験です。
その先には大きな砕石場があり
聞くところによると平日はダンプが多くて危ないとのことです。
県境付近。加太峠のあたりになります。
旧国道25号線は法面が大規模に修繕されていました。
かつての街道はこの法面の上を通っていたようです。
その痕跡がこちら。
石仏があり旧道は静かに眠ってる様子。
10年20年すると藪に覆われてしまうでしょうか。
上柘植宿。
JR線でいうと柘植駅付近にあたります。
宿場の西側には枡形のような跡がありました。
伊賀の地域に入り
町中に忍者の姿が目立ってきました。
ここからは伊賀盆地をたんたんと進みます。
川の堤防沿いを進む場所では育つ稲に癒されます。
佐那具付近。
宿場ではないものの雰囲気良い家並みが続きます。
なまこ壁の蔵なんてもありました。
この辺りになると西の方角を向いて歩くことになるのですが
疲労度が増した夕方にこの西日は結構きますね。
結局この日は35kmほど歩いたことになるのですが
鼻の頭が真っ赤になってしまってました。
古い石積みのあるクランクを登ると
伊賀上野城の城下に入ります。
古い家並みが残りいい雰囲気です。
伊賀街道との追分には
立派な道標がありました。
東海道という文字。
大和街道経由東海道への道ということですね。
道路元標がある郵便局前でゴールしました。
町のあちこちに忍者が溢れかえります。
ここから先は伊賀街道として
奈良(大和)を目指していきます。
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