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県境の長野峠を越えて
最初の宿場町が平松宿です。
かつての賑わいを今に伝える”鏝絵(こてえ)”
富の象徴として装飾に盛んに用いられたそうですが
なんとも立派なものですよね。
この平松宿は宿として成立する以前は
1km手前の元町バス停付近が中心部だったそうです。
ところが度重なる大火にあい縁起が悪いということで
藩命により現在の地に移ったようです。
宿場の西の端に芭蕉の句碑がありました。
伊賀街道には芭蕉関連の史跡が多く見られます。
柳の木の横にある大きな道標には
「右 京、大坂、なら道」と書かれていました。
彫りが深い文字で味わいのある道標です。
道中を行く人々にもよく目に止まったことでしょう。
台風の爪痕が残る街道筋。
川が氾濫して道の上に川砂が積もっていました。
この先では国道の土手までも
崩壊して迂回路になっている箇所もありました。
どうもこの辺りは被害が大きかったようですね。
上野城下の手前にある宿場が平田宿です。
枡形が残る静かな光景。
赤い丸ポストがいい味を出してくれています。
街道は宿場の先で川を渡りますが
川底をよく見ると変わった岩盤が目につきます。
まるで一枚岩のようで不思議なものです。
実は古い時代の琵琶湖の地層なのだそうで
象の足跡や化石がわんさか出てくるのだそうです。
川を右手に見ながら進むと
やがて草道になっていきます。
昔は車も通っていたのでしょうか。
意外と路盤がしっかりしていて歩きやすい。
今は人のみが通れる静かな空間です。
ほどよく藪が生い茂ってる旧道。
山側の石には磨崖仏が何体も彫ってあります。
この六地蔵さんもその一つ。
苔が適度に生えていて辺り一帯が良い雰囲気です。
まるでタイムスリップしたかのような光景です。
この付近の街道は
他に対岸の国道を通る道もあるようですが
藪が苦手でなければ今回のルートが断然おススメです。
ちなみにルートの選定は
三重県発行のウォーキングマップを参考にしてます。
いよいよ伊賀上野城下です。
整然と並んだ幾重もの道筋が城下町らしいです。
民家と民家の隙間からは城がよく見えてました。
東海道関宿からの加太越奈良道との追分には
立派な道標が立っています。
城下には古い家も多く残っていて
都会にも関わらず静かな雰囲気があります。
町並みが高台に形成されているからなのでしょうか。
高台であることもあって
盆地の眺めは抜群にいいですね。
なんともすがすがしい光景です。
城下の西の端には鍵屋の辻があります。
大きな道標と大きな松の木が目印です。
その横には昔風の茶屋が営業していて
さながら昔の旅人気分を味わうことができます。
木津川を渡ります。
江戸時代はこの地点まで
大阪からの舟が運行できていたそうです。
それだけ流れが緩やかだったということでしょう。
次の島ヶ原宿の手前には三本松峠があります。
道筋は廃道状態になっていて
蚊や蜘蛛の巣が多く進むのに一苦労でした。
三本松池は昔からある池のようで
付近の人たちの憩いの場だったそうですね。
池の周りの街道は直線状なので
草競馬までも開催されていたのだようです。
芭蕉が尻餅をつくほど大変だという尻餅坂を過ぎると
いよいよ島ヶ原宿の町並みへと入っていきます。
夕日に照らされた坂のある町並み。
なんとも美しく疲れが吹っ飛ぶ光景です。
木津川の水面はまるで鏡のようでした。
次は木津へ向かいます。
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