奈良へ抜ける昔のメインルートです。
↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。
この日34℃にもなった京都府加茂町。
梅雨はまだでしたのでカラッとした陽気で快適でした。
加茂は奈良を目前とした最後の宿場町です。
今も家並みや道筋にかつての名残りを感じることができます。
加茂付近の江戸時代の交通を語るとき、
木津川は切っても切れない重要さがあります。
山間部に関わらず木津川の流れは緩やかであったので
東は伊賀盆地までゆうゆうと舟が入っていたそうです。
そのお陰で荷物の運搬は舟運を用いることが多かったようで
この点、他の街道とは少し違う特色がありますね。
かつての港へ続く道
加茂宿の中心部に残る舟屋の地名。
ここに大きな港がありました。
加茂宿の港は荷物の運搬が主だったようですが
対岸の伊賀街道の別ルートとの連絡にも多用されたようです。
元の港の風情
では、一般の人が最も多く利用した渡しはというと、
少し上流にある木屋地区にあった五軒屋の渡しが利用されてました。
伊賀→笠置→五軒屋の渡し→山田集落→加茂宿→奈良
このような感じで木津川左岸の山中を通っていました。
ちなみに今の関西本線の線路沿いにも道はあったそうですが
度重なる木津川の氾濫によって廃れてしまったという話です。
では加茂宿から五軒屋の渡し跡まで伊賀方向へ一旦引き返します。
まずは途中にある岡田鴨神社に寄り道してみました。
鳥居の前にあった「いがいせ」の道標は
かつては鳥居の向い側にあったのだそうです。
その脇からは街道の本道に向けて参道が伸びていました。
古くからある由緒のある神社で八咫烏の話があったり
下賀茂神社の鴨はここからきている話もあったりで
社殿もなかなかのものでした。
岡田鴨神社の横にも狭い道が木津川へと続いていますが
その先には銭司という渡しがあったそうです。
この渡しは宮司さんの話では比較的新しい時代のものらしく
地元の人の生活のために使われていたそうです。
関西本線と加茂の町
山田集落に入ります。
この辺りは宇治茶の産地らしく茶畑の光景が実に美しいもので
工場の横を通ると良い香りが漂ってきます。
何やら宇治茶の里ということで
世界遺産登録を目指す動きがあるという話を聞きました。
五軒屋の渡しの跡。
残念ながら藪が酷く川の手前25mほどで断念しました。
倒木も多数あって時代の流れを感じますね。
木々の隙間から見えた対岸の村の様子を見るうち
かつての人もこんな感じで見ていたんだろうなと
想像を掻き立たせてくれます。
折り返します。
山田の集落は山に囲まれている上に
大きな道路は通っておらず通過交通がないので
ほんとに静か。まるで桃源郷のような雰囲気が漂ってました。
加茂宿の手前にあった道標。
右、なら、加茂大明神。左には、いがいせと書かれています。
この付近の道標のは「いが」、「いせ」と分けずに
専ら「いがいせ」と一括りで書かれているのは面白いですね。
加茂宿を通り、関西本線の踏切を渡ります。
雰囲気良い古い家が並ぶあたりが「里」集落です。
元は舟屋にあった集落だったのですが木津川の氾濫で移ってきたのだそうです。
そういえば、この周辺には平行して大仏鉄道が走っていた時期がありました。
わずか9年のみ存在した幻の鉄道ですが街道とはこの付近でのみ近接していたようです。
しだいに勾配が出てきました。
脇道に入ると車が少なく静かな空間が続きます。
府道を横切ると廃道を含む旧道へと入っていきます。
明治期の地図では太線で描かれている道も今はこの通り。
一見、普通の山道にしか見えません。
いよいよ藪の中に入ってきました。
人工的に作られた堀割状の道がなんともいいですね。
旧道の真ん中には竹も生えてきて
再び道が自然に戻ってしまうのは時間の問題かもしれません。
視界が開けると梅谷の集落です。
この付近は古代は木津川が流れていたので
地面を見ると細かい砂があちこちに広がっています。
先ほどの旧道も砂地で地盤が脆かったせいか
一部崩壊している箇所がありました。
愛宕山と秋葉山の常夜灯。
ここが古い集落である証拠ですね。
この先にある浄水場まで長い勾配の道を進みます。
浄水場には古い道標が保管されてました。
太神宮、左、いが、いせ道。でしょうか。
浄水場を過ぎると一気に奈良阪まで下ります。
ここからの西の眺めは絶景です。
奈良阪というと今は集落を指しますが
古い絵図にはここで一服する絵もあるぐらいで
急坂ぶりを見るとこの坂が奈良坂では?と思えてしまいます。
奈良阪で奈良と京都を結ぶ奈良街道と合流します。
ここで伊賀街道は終了です。
立派な道標には
南面は”右、いがいせ道。すぐ、京、うぢ道”、
東面は”左、かすが、大仏。”右、京、うぢ道。”、
北面は”すぐ、かすが、大仏。左、いがいせ道。
伊賀街道は東から進んできたので
奈良へは左に進めば良いことがわかります。
この後は奈良の道路元標まで歩きゴールとしました。
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