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伊勢南街道を攻略しようと考えるとき
一番ネックになるのが交通の問題です。
昔は山奥でもバスが走っていたのですが
過疎化で大部分がなくなってしまっています。
そんなことで
今回は自家用車で現地入りしました。

道の駅飯高駅に車を置いて、
バスで前回の終了地点に向かいました。
キーンと冷えた早朝の空気。
三峰山の頂上付近を眺めてみると
うっすらと雪があるのが確認できました。



旧道は櫛田川に沿って下っていきます。
川沿いは中央構造線にあたるので
岩肌が実にダイナミックです。



周辺には茶畑が非常に多いです。
露よけの扇風機が勢いよく回っていました。

この石仏は「咳の地蔵」。
咳が止まらずに悩んでいる人は
早朝に人に知られずに参るとご利益があるそうです。


櫛田川には所々に沈下橋がかかっています。
九十九曲と呼ばれる所は川が大きく蛇行していて
川に平行する街道も崖にへばりついて進んでいきます。
今の時代は整備された道筋も
かつては相当な難所だったといいます。


田引集落を過ぎると珍布峠に入ります。
ウォーキングコースになっているので
入口に立派な看板がありました。



珍布峠の読み方は「めずらしとうげ」
なかなかの難読ですよね。
峠といっても勾配は緩やかで
上りを実感することなく峠に辿りつけます。


川沿いにあった大きな石は礫石(つぶていし)
この石に向かって小石を投げると
男子が生まれるという言い伝えがあります。

立派な切通しの珍布峠。
車一台がやっと通れるほどの幅で、
岩が完全に真っ二つに切り裂かれた姿は
なんともいえない凄みがありますね。


峠を過ぎると宮前宿。
宿場の入口には道標がありました。
紀州みち、よしの、かうや、なら、はせ。


宮前宿の名前のいわれは花岡神社です。
街道は神社の周りをぐるりと通っています。
宿場は伊勢らしい家が立ち並び
なんともいえない雰囲気です。


伊勢の家は注連縄を年中飾ってることが多いですが
見かける度に伊勢神宮が近いことを実感させられます。



かつて「オオセン」という店があった「オオセン坂」を過ぎ、
江戸時代に作られた高束池を過ぎると
分岐点の粥見に差し掛かります。


粥見神社の前には道標があります。
さんぐう、まつさか道。

松阪には紀州藩の支城「松阪城」が
参宮方面には紀州藩の支城「田丸城」があり、
どちらも紀州藩にとって重要な道です。
今回は松阪方面に向かいました。

粥見の先には山越えがあります。大見坂です。


国道は川沿いですが鋭い渓谷状になっているので
当時の技術では通すことが出来ず迂回する形になってます。
若干、荒れていましたが難なく向こう側に出れました。


柿野神社で伊勢本街道と合流します。
櫛田川の川幅もこの辺りになると広くて
大きな石がごろごろあるのが印象的です。


柿野の集落。
街道自体は1本山側の道という説がありますが
既に2回歩いているので今回は国道を歩いています。
この付近の詳細は伊勢本街道歩きの記録をご覧ください。
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-244762.html


ゆったりした流れの櫛田川。
ほどなく本日のゴール大石バス停に到着です。
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