今回はほぼ海沿いというレア回です。

↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。
こういう海沿いを行く区間では
荒天時は山を越えるルートで迂回する場合がありますが
ここも地蔵峠と八郎峠をセットとしたルートも存在します。
どちらがメインだったかと聞かれれば
今回のルートが一般的で世界遺産の清水峠にも繋がります。

歩く前の日は広範囲に被害をもたらした台風19号が通過しました。
幸いにも紀伊半島西部は降雨量が少なく山崩れの心配はなさそうで
特急くろしお号も始発から走るということで歩くことにしました。
ただ、海沿いの一部では高潮の被害はあったみたいです。


古座の渡し跡。
立派な碑が設置されています。
駅のある対岸から古座大橋を渡ってきましたが
歩道がないので苦手な人は上流の橋で迂回がいいかもしれません。
景色に関しては一級品で台風一過の景色を楽しめました。


旧道を進むと左手に古座神社があります。
白木屋根の春日造りの本殿は室町期の作だそうです。
鳥居から海の方向を眺めると
古座大橋から伸びる国道が遮って眺望がよくありません。
橋が出来る前は目の前に海が広がっていたことでしょう。



漁村らしい光景。
干してるのは名物のイラギのみりん干しでしょうか。
やがて津荷の集落に入ります。
旧国道に架かる橋は今も現役で雰囲気がありますね。
欄干を見てみると昭和29年のものでした。


透き通るほど綺麗な川。
魚が泳いでる姿がよく見えます。
ここまで綺麗ということは
今回の台風での降水量は少なかった証拠でしょうね。

遠目に見れば心地よい海の光景なのですが
目線を手前に向けると大量の流木がありました。
今回の台風のものではないようですが
自然のすさまじさがなんとなくわかります。



国道の脇には旧道の痕跡がいくつかあります。
旧道といっても旧国道のものですが
この辺りの本来の大辺路は砂浜沿いを歩いていたり、
岸に沿った平坦な場所を歩いていたかのどちらかで、
どこをどう歩いていたか細かく特定は難しいところですが
歩ける場所は狭いので昔とそれほど差はないのでしょう。



紀伊半島の南端らしい光景。
田原集落のあたりは海霧の撮影の名所でもあります。
田原川の河口の平地に開けた田原は古くからの漁村で
集落内の道は狭く屈曲している関係で国道は迂回しており
今も古い集落の雰囲気が保たれています。
町の真ん中には大きな津波避難タワーが立っており、
来たる大地震の備えがあちこちで見かけました。
津波避難路の看板もその一つですね。



田原集落を抜けると大辺路として整備された区間に入ります。
旧道は左手にある電信柱沿いに延びているのですが、
現在の国道はこの旧道のバイパスと考えてよいものです。
電信柱は新道が出来ても大抵は移設することは少ないですから
時として旧道探索の目安になります。ここはその典型ですね。
この区間が整備されているのは
この先にある世界遺産登録の清水峠に続いてるからと思いますが
整備されてから年月が経っているせいか草木は結構なものです。


整備区間を右に分けますが
本来の道はそのまま水路沿いを進みます。
水路には柵がありませんし、行く手には蜘蛛の巣が多数。
水路に架けられた木橋は崩れそうなぐらいの頼りなさなので
苦手な人は国道に迂回したほうがいいかもしれませんね。



国道と離れ清水峠へと入っていきます。
奥熊野と口熊野の境はこの近くになっていて
境界碑があったのですが国道沿いに移設されてます。
峠道は世界遺産に登録されているからか、
それほど荒れてはなく快適に歩くことができました。


清水峠。
峠の何が好きかと聞かれたら
迷わず「通り抜ける心地良い風」と答えるでしょう。
それほど、峠の空気感は気持ち良いものです。


なだらかな坂を下っていくと、
やがて浦神の港が見えてきました。
【カテゴリ:熊野・紀州への街道の関連記事】