2020年10月06日

紅葉を楽しめる多武峰街道・桜井→談山神社

多武峰街道は奈良の桜井を起点として
紅葉で有名な談山神社までを結ぶ道なのですが、
まず読み方が難読ですよね。「とうのみね」と読みます。



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伊勢街道(横大路)との追分。

桜井は町として発展するのは戦国時代になってからで、
この追分で市が開かれ次第に宿場町へと発展していきます。
今は何気ない普通の交差点に見える場所ですが、
かつて全国の町の中心部に置かれた道路元標があることを見ても
実は重要な歴史のある場所だったことがわかります。

桜井が大きく飛躍するキッカケになったのは、
明治からで吉野や宇陀の木材集積地になったことが要因です。

とはいえ、多武峰街道に関しては桜井の町以上の歴史があります。
それは最古の古道「山の辺の道」に繋がる道と言われるほどです。

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道路元標。櫻井町表記。

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片側だけ残るアーケード。かつて賑わう場所だったことがわかる。

街道沿いには歴史ある名所が点在しています。
桜井のいわれになった「桜の井」はその一つ。

若櫻神社の鳥居のあたりに復元されていますが、
今から約1600年前、履中天皇が井戸のほとりに桜を植えて
清水をめでたという話が残されています。

全国各地にある「井」と付く地名は、
井戸がいわれになってることが多いと思うのですが、
桜井の「井」は相当古い部類に入るかもしれませんね。

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桜の井

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歩みを進めていくと大きな立派な鳥居が現れます。
談山神社の北の入り口にあたる「一の鳥居」です。

この鳥居は1724年(享保9年)に建立されたもので、
よく見ると右側が少し欠けているように見えます。

かつて鳥居の周りには茶店などが立ち並び、
参拝者の良い休憩所になっていたといいます。
ところがその店の一つが火災になってしまいます。
ようするに火災の影響で欠けたというわけです。

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今は鳥居の右手に道がありますが、
旧道は鳥居をくぐっていたと考えるのが自然でしょう。
参拝者が鳥居を避けるなんてないでしょうし。

ここから先は町石(丁石)が約200mごとに見られます。
全部で52基作られたもので同一形状の板碑型をしています。
これが談山神社の摩尼輪塔まで続くのだから大したものです。

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設置は承応3年(1654)なので比較的古く、
そのせいか現存しているのが2/3程度しかありません。
場所によって200m以上の間隔が開いてる箇所があるので、
おそらく行方不明などで消滅してしまったのでしょう。

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聖林寺との分岐点に立つ道標。

聖林寺は奈良時代に建てられた談山神社の別院です。
国宝の十一観音菩薩が安置されているので
わざわざ寄り道して見る価値があるものと思います。
しかも、寺を建てたのは藤原鎌足の長男というから驚きです。

次第に川幅が狭くなっていきます。
勾配もきつくなってくると県道と合流します。

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紅葉の緑が綺麗なこと!

県道は狭く歩道がないので、
ゆっくり歩くなら今の時期がいいでしょうね。
これが紅葉シーズンだと交通量が多く大変でしょう。

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音羽山への分岐点には道標があります。

右、多むのミ子 左、お登者さん

奈良県の道標あつめブログ」を参考にしていますが、
この道標は難易度高めですね。でも、なんとなくはわかります。 
道標が指している行き先から推測できるからです。

昔は縁起担ぎファーストな時代でもあったので
好き勝手に由来と異なる漢字を充てていた印象があります。
現代は常用漢字表の枠内で考える頭になってしまっているので
合致しないものは「当て字」と解釈されることもあり、
読むにはウーンと悩ませ難しくしている理由かもしれません。

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不動の大岩。不動明王が祀られています。

横から見ると刀で切ったように両断されています。
慶長13年ごろに談山が鳴動したときに割れたと伝えられるもので
見る限りは人工的に割ったものでないのは明らかです。

半ば、伝説的な話なのかもしれませんが
あまりの切口の鋭さには一見の価値があります。

大岩のすぐ横には不動の滝があります。
着替え小屋があったので修行する人が多いのでしょう。

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屋形橋。この橋を渡れば談山神社の入り口です。

ここは街道の分岐点になってる場所で
吉野や和歌山、伊勢へも続く方面の道には
松尾芭蕉や本居宣長など多くの文化人も歩いたそうです。

屋形橋は寛政三年に初めて架けられたものですが
現在のは昭和五十四年に再建されたものです。
なので見た目は古くとも歩いて渡ることが可能です。

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東大門。辺りは寺のような雰囲気が漂います、
それもそのはず談山神社は明治まで妙楽寺という寺でした。

立派な門は紅葉とよく合いますね。
道沿いには城にあるような石積みがそびえ立ち、
それらを眺めながら最後の急こう配を上っていきます。

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摩尼輪塔(まにりんとう)。
談山神社が寺であったことの名残ですね。

乾元二年(1303年)の銘があり、上に笠石が置かれ、
円盤には「大日如来」の種子アークが刻まれています。

やがて、談山神社の門前町に入ります。
8時半の開門前に来れたので非常に静かな空間でした。

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さいごに。
 
一言で言い現わすならば
「短いながらも満足のいく街道!」です。

渓流、滝、町石、ほぼ全区間に渡る旧道、
程よい距離。そして、有名な談山神社。

これからの時期だと紅葉が加わります。
もっとも晩秋でなくとも緑の紅葉は癒されるもので、
マイナスイオンたっぷりな中を歩くことができるでしょう。

こういう街道をどんどん発掘していきたいですね。
主要街道から分岐する参詣道はとても魅力的です。

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posted by にゃおすけ at 10:48 | Comment(0) | 大阪近辺の街道 | 更新情報をチェックする
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