2022年02月18日

パパとムスメの東海道五十三次・庄野宿→四日市宿

●10日目、庄野宿→石薬師宿→四日市宿


↑詳しいルートと記録は【山行記録のページへ】もご覧ください。

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新年歩き始め。
今回は防寒グッズとして耳当てを準備しました。

これには娘も喜んでくれたようで、
いつもは寝起きの時は不機嫌になるのですが、
文句一つなく楽しそうに出発準備をし始めます。
おかげで難なく近鉄特急に間に合うことができました。

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前回のゴール地点でタッチしてスタートします。
この日の気温は1月にも関わらず10度以上ある陽気でした。
耳当ての効果を発揮するのは次回以降になってしまいましたが、
ずっと道中で付けていたのでよっぽど嬉しかったのでしょう。

しばらくして、旧道の調査をしていると
「にゃおすけさんですか?」と声がかかりました。
この方も東海道をバスではあるものの今まさに攻略中の方で、
Twitterを通しての出会いに娘も驚いていた様子でした。

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石薬師宿。
格子戸を備えた町家が点在する鄙びた雰囲気の宿場町です。

突然、娘が「ハート!」「ハート!」と言ってきます。
最初は何かさっぱりわからなかったのですが・・・。

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なんと、屋根の影がハートではありませんか!

大人だとなかなか気づけないことが子供の良さといいますか、
一緒に歩いていてとても新鮮な気持ちにさせてくれます。
自分なりに楽しむ方法を見つけて歩いているのでしょう。

お昼はラーメン山岡家で頂きました。
出来る限りチェーン店は避けてはいたのですが、
行程的に難しい時があるのは悩ましいところです。

ここでちょっとしたハプニング。
話しながら食べてるとラーメンに腕を付けちゃったのです。
被害は大したことなかったのですが予備の服に着替えさせました。
子連れの旅は予備は重要ですね。持ってて安心です。

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杖衝坂。
日本武尊が極度の疲労で腰の剣を杖にして登ったという急坂です。
遠くに四日市のコンビナートが見えました。

箱根、鈴鹿の次ぐらいの坂の難所に数えられる程で、
今回は西からなので下り坂でしたが逆からだと大変そうです。
そういう場所なので途中に立派な休憩所がありました。
のぼりには「にゅうどうくん」が描かれてました。

娘は思わず「あー!」とビックリした様子。
実は以前”ゆるキャラグランプリ”で会っていたのです。
もう2年ぐらい前なので3歳の時だったと思いますが、
よく覚えていたなと私も驚いてしまいました。

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内部の町並みを経て日永追分へ。

ここは伊勢方面への分岐する場所でもあって、
伊勢神宮二の鳥居がそびえ立っています。
江戸時代は相当な数の人々が通っていたと見え、
広告塔的存在の道標や常夜灯はどれも立派なものです。

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追分から暫くの旧道は交通量が多めでした。
おそらく国道の抜け道になってるのでしょうが、
歩道の塗分けがあっても離合する車で意味を成していません。

街道歩きでは時おりこのような場所を通ることがありますが、
子供と歩いているのでいつも以上に気を使いました。
現代の街道歩きの難所と言っても良いでしょう。

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日永神社。

ここには日永追分にあった旧道標が移設されています。
かなりの年代もので文字が読みづらくなっていますが、
東海道の中で一番古い道標になるそうです。

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ふむふむと興味深く境内を歩いている時の娘は、
持参したミニチェアーで参道で休憩していました。

まあ、これで良いと思います。
休憩してる時はきっと何かを考えてたと思いますし、
自分なりの街道の楽しみ方。これでいいのです。

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やがてゴールの四日市宿。
この地方の交通、物資集積の中心地である場所で
地名は毎月4日を市の初日としたところからきています。

大きな「にゅうどうくん」が出迎えてくれました。
夕食に名物「トンテキ」を頂いてから帰路へ。

今回は前回の歩きから半月開いたこともあってか、
私も娘もゴール時にはクタクタになっていました。
やはり脚力は継続がものをいいますね。

  
  
posted by にゃおすけ at 08:00 | Comment(0) | 東海道五十三次 | 更新情報をチェックする
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