2025年09月08日

古き良き玉島と金光を巡る旅

かつてJRには宗教関連の臨時列車が多くありました。
そのうち一つが金光教のもので金光への列車でした。
そんな金光には今も古き良きものが残ってると聞き、
早朝の静けさのあるうちに訪れたのでした。

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その門前に広がる町並み。
戦前のものと思われる3階建てのコンクリ建築や
古い洋館などがあって散策を飽きさせません。

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正門へと続く僅か50mほどのアーケードには
かなり古い店構えながらも今も商品を売るお店や、
20年前ぐらいの価格設定で頑張る喫茶があって、
少し前の懐かしさを感じれる良さがありました。

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宗教都市というと天理が有名ですが、
金光は本部こそ宗教的な雰囲気があっても、
町中には宗教ちっくな建物は少ないのが意外でした。
あるのは金と書かれた提灯が家々にあったぐらいです。

さて、金光の次は玉島へと向かいました。
当初は鉄道とバスを乗り継いでいく予定でしたが、
地図を見ると直線距離で5kmほどしかありません。
しかも玉島往還という街道も記されていたので、
期待しつつ歩くことにしました。

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あとで、玉島の観光案内人に聞いたのですが、
金光にある金光高校の生徒は自転車で通ってるとのこと。
バスの本数は少ないですしそのほうが便利なのでしょう。

それはともかく、玉島に近づくにつれ、
なまこ壁のある伝統的な建築が増えてきました。

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玉島は重伝建こそ指定されてませんが、
町並み保存地区として数カ所あるようです。

その一つが仲買町といわれる地区。
狭い通路の両側に古い建物がひしめき合っています。
歴史ある紙問屋が今も営業していたり、
住友肥料の懐かしい看板がある家があったりと
どれも特長的で実に見ごたえがあります。

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玉島の特筆すべき点は
江戸時代初期の干拓から賑わいが出始め、
川の真ん中に島のような堤防を築いて、
その上を港として発展させたところでしょう。

他にも備中松山藩の外港的な役割や、
北前船の寄港地としての賑わいもありました。

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その堤防上に作られた町並みは
新町と呼ばれ今は保存地区になっています。
玉島往還に沿った狭い範囲なのが特長的で
立派な商家や近代建築が今も軒を連ねています。

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古い地図を見るとその様子は明らかで、
なぜこのような堤防上に設けたのか謎ではありますが、
他の町並みにはない珍しい例ではないでしょうか。

ちなみに玉島の由来はいくつか説があるのですが、
干拓以前の風情は島が点々とあるように見え、
その多島美が玉のようというのが有力なのだそうです。

瀬戸内ならではの情景が目に浮かびます。
その中でも玉島は際立った情景だったのでしょう。

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今の羽黒神社は元は阿弥陀山という小高い丘で、
玉島の賑わいはそれを中心に発展していったそうです。
この頃はまだ新町地区がない時代です。

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玉島ではイベントが第二日曜に定期的にあるようです。
この日は屋台が出たりとプチお祭り状態でした。

普段は殆ど人がいないというのは案内所のお話。
写真を撮るには少し苦労する面があるのですが、
逆に人を入れた構図は活気が出て面白いものです。

何より子供たちをよく見かけることもできて、
活気のある昭和の町を見ているようでした。

こういう適度な規模のイベントは良いですね。

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同じ倉敷市には有名な美観地区がありますが、
玉島は観光地化をそれ程してないのは好感がもてます。
町中での買い物も実にリーズナブル。

お土産に木村屋のバナナロールと、
やまとのあずきを買って帰ることにしました。

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そうそう、玉島で忘れてはいけないのがドラム缶橋。
昔でいう舟橋みたいな構造をしていて、
ドラムの錆具合といい昭和感満載な橋なのです。

渡ってみると浮遊感が半端なく、
なんとなく癖になりそうな感じで、
子供のように何度も渡ってしまいました。

玉島からは新倉敷まで歩きで北上。
旧街道沿いには小さな川が流れていて、
かつては高瀬舟が往来していたことを感じつつ、
また再訪してみたいと思うのでした。

posted by にゃおすけ at 08:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 中国ボラボラ | 更新情報をチェックする
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