まんまと徳島県の作戦にハマってるわけですが、
こういう機会でないと重い腰を上げれないので、
安く行けてほんと良かったと思います。
さて、宿に泊まった次の日の朝は散歩から始まります。
近くにあった喫茶でモーニングをいただいて、
徳島城をぶらぶらと散策。


観光地でも朝は地元の人の空間になってる場合が多く、
体操をする人や、ジョギングをする人もいて、
地元の人の毎日の楽しみを垣間見れる気がします。
そういう中に自分も入って散歩してると
地元の人になったかのような気持ちになります。
徳島城の横には、JR徳島運転所があるのですが、
四国カラーのキハ47が今も現役なのを見かけました。
この色になって30年以上は経つのでしょうか。
その頃は、四国ワイド周遊券でよく旅をしてただけに
当時を思い出し懐かしい気分になりました。


撫養の町並み。読み方は「むや」と呼びます。
場所は鳴門のあたりです。
古くは南海道を起源とする撫養街道の起点で、
海路で上陸した人々を内陸へと導いていて、
お遍路さんにとっても出発点になる場所でした。
それだけに、町並みを期待していたわけですが、
意外と旧家は少なく、それでも雰囲気だけは偲べました。

本来ならもっと滞在したかったのですが、
徳島から鳴門への休日の始発列車が7:30発。
これって、町の規模の割には遅くないですか??
並行して、バス路線があるとはいえ、
今の地方の鉄道事情は厳しいのでしょうか。


さて、お次は列車で板東を目指しました。
板東は四国八十八カ所の第一番札所霊山寺があります。
撫養からの撫養街道沿いに位置していて、
門前には門前町が形成され賑わっていたようです。
古い家々や商店に往時の面影が感じられました。
下の写真は寺への参道入口にあった石柱。
四国第一番と大きく書かれてあります。
今の時代は車で来る人が多くなっているので、
これを見て寺に入るというのは少ないでしょう。
ある意味、歩き遍路の特典というべきでしょうが、
街道には昔の轍が残ってるので面白いものです。


霊山寺の本堂。なかなか立派ですね。
おそらく、数年後に私もお遍路さんで来ると思いますが、
今回、その下見が出来て良かったかもしれません。
西国三十三カ所を経験しているとはいえ、
やはり1番目というのは緊張してしまうものです。
最初だけバスツアーでノウハウを知ろうと思ったりするのですが、
歩き遍路も捨てがたく、計画が煮詰まってきません。


板東は、ドイツ兵俘虜収容所があったことでも有名です。
10年ぐらい前に映画「バルトの楽園」がヒットしました。
遺構がいくつか残っているのですが、
驚いたのは道の駅にあったバラックの建物。
実は、国登録有形文化財(建造物)に指定されています。


一見すると、道の駅の施設として作ったように見えるのですが、
建物の中を見ると梁などが昔のままなんですよね。
隣にあるドイツ館では当時の展示がありました。


板東からはバスと列車で徳島駅へ戻り、
駅前でセルフうどんを食べて南海フェリーへ。
大阪へは単純に高速バスが早いのですが、
行きと帰りと違った手段を楽しむのも一つの方法です。
もっとも今回は和歌山の万博スタンプの件もありました。

南海フェリーは時間はかかるものの、
「好きっぷ」というお得な切符があるので、
実質フェリー代だけで難波への電車も乗れる優れものです。

さいごにまとめとしまして、
古い町並みが良かったのは当然として、
少し前の懐かしさが徳島にはある点は特筆すべき点です。
公共交通に限っては交通系ICが使えないですし、
路線バスも整理券式の現金払い。
財布なしでは移動することがままなりません。
しかも、徳島駅の改札は有人ブースのみ。
でも、これって一昔前は当たり前だった光景ですよね。
全国的にこういう場所は少なくなってる傾向ですが、
人の温かみを感じれる昔のシステムを体感できるのは
今や貴重なもので、それだけでも価値があると思いました。
徳島、面白いですね。
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今まで四度お遍路し、内一度は通しの徒歩遍路を経験しました。
お時間許されるのなら徒歩遍路をお勧めします。
そんなに行かれてるとは大先輩ですね!
まずは西国をクリアしてからになりますが、
前向きに考えてみたいと思います。