2020年09月10日

洞川温泉は縁側のある素敵な宿群

「関西地方には避暑地が少ないのですが大峰山の登山口の洞川は
関西の軽井沢といわれるくらい冷涼なところで」

昭和30年代発行の「写真で見る日本」からの一文です。
避暑地らしく多くの宿にはクーラーがありません。
無くても十分に涼しい標高800mの場所にあります。

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大阪の人だと林間学校で訪れたことが多いと思います。
かくいう私もその1人で宿は大人数なので分散して泊まりました。
驚くことに洞川には温泉街によくある巨大ホテルがないのです。

そのおかげで今も町並みは洗練されていて
純和風木造建築の旅館や民宿が軒を連ねています。

避暑地で温泉もあって大都市からも近いのに
巨大ホテルがないのは不思議と思えるのですが、
理由は洞川の歴史に関係しているものと思われます。

まず温泉ですがボーリングによって発掘されたものです。
よって古くからの歴史はなく比較的新しいものです。

そして客層は大峯山の門前町であることから、
山上ヶ岳の蔵王堂をめざす修験者が多いのが特長です。
洞川は修験者にとって疲れを癒す場所でもあったので、
夜の遊興施設は皆無に等しく静かなものです。

もし、温泉が古くからある秘湯であったならば
少々事情が変わっていたのかもしれませんが、
山奥なので有馬温泉のようになっていたかは疑問です。

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多くの旅館の道路側には縁側が備わっています。
そこに座って夕涼みなんて気持ちの良いものです。
気になる本があれば読みふけってしまうことでしょう。

そういう縁側も実は他に重要な役目がありました。

昔は宿に限らず家に入る時は足を拭くのが基本で、
手ぬぐいで拭いたり手桶の水で綺麗に洗ったりします。
しかし、大勢で一気に来られた時は時間が掛かってしまうので
縁側で横一列になって拭いて中に入ってもらうのです。
ある意味、縁側は玄関といえるかもしれません。

今回は普段は近いからと日帰りで行く洞川なんですが、
GoToトラベルのおかげで泊まって初めて知ることが多いもので、
他にも、館内の階段には滑り止めがないことに気づきました。

そもそも、江戸時代からの宿は館内では皆裸足だったので
滑り止め自体が不必要なものだったに違いありません。
そこを靴下を履いて上り下りしたものだから滑るのは当然で、
スッテンコロリン。ひさびさに転げ落ちてしまいました。
まー、これは注意しなかった自分が悪いんですけども。
古い宿では昔のスタイルで過ごすほうがいいかもしれませんね。

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洞川への交通ですがトンネルが開通したことで
随分と便利になりました。大阪からでも2時間半程度でしょうか。

大峰山で修行する人も早朝に家を出て洞川に9時に着けば、
修行をしても夕方には洞川に戻ってこれるのだそうです。
もちろん、そのまま帰宅という人もいるでしょう。
近年は「ごろごろ水」という名水でも人気が出て、
水を汲むための行列が毎日のようにあるといいます。

しかし、昔の交通はどうだったのでしょう。
大峯山へは古くから大峯奥駈道がありましたが、
次第に現在の県道48号線の道筋がメインになっていきます。
洞川での言い方で「ならみち*」と呼ばれた街道です。

メインが移った理由としては険しかったことがあり、
しかも体を休める洞川を経由しない点で不便だったことで、
行きは大峯奥駈道でも帰りは別ルートが多かったといいます。

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国土地理院『山上ヶ岳』五万分一地形圖

時代は流れ、川合経由の道が改良されると
若干遠回りでも便利なのでそれまでの道は廃れていきます。
ちなみに県道48号線の小南トンネルは素掘りのものです。
高さ制限も2mでいわゆる酷道。興味ある方は是非。

以上、洞川について書いてみましたが、
やはり古い時代を知るには実際に古い宿に泊まってみると
体感できて今まで知らなかったことが見えてくるものだなーと。
今回の旅ではそういう意味で非常に有意義なものでした。

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*出典 大峯奥駈道調査報告書 奈良県教育委員会 2002.3


 

  
posted by にゃおすけ at 11:11 | Comment(0) | 近畿ボラボラ | 更新情報をチェックする